いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

虫が怖い

娘は虫が怖いらしい。現時点において彼女が一番苦手なものが虫かもしれない。

 

先日、自宅マンションの共用部の廊下において、カナブンの死骸が落ちていた。娘はそれを見てとても怖がっていたそうだ。

 

いつもなら大人の手を振り払って駆けだしていくその廊下で、彼女は怯えて前に進めなくなり、ママに抱っこをせがんだとのことだ。(私はその場にはおらず、あとで妻からその話を聞いた)

 

そして昨日も、それと似たようなことが起きた。

 

昨夜、娘は就寝前になってもハイテンションだった。押し入れのふすまを勝手に開けたり、家の中を走り回ったり、私たちの制御も追いつかないくらいだった。

 

しかし、娘が洗面所へ入ったとき事態は一変する。

 

床に黒くて少し大きな物体が落ちていたのだ。娘はそれを見つけると、身体をビクッとさせ、不安げな表情で私の顔を見た。

 

その物体を見ると、なんてことはない、ただの埃の塊だった。おそらく足拭きマットからぽろっと落ちたものだろう。

 

しかし私は、手の付けられない娘を少し怖がらせようと、「うわぁ」と大げさにその物体を怖がってみせた。

 

すると娘は、一目散にリビングの方へと逃げ出した。

 

私も後を追って娘のそばに立つと、娘は私の足に掴まり、目に見えるほど大きくブルブルと震えていた。

 

私はそんな娘に種明かしをするために、彼女を連れて洗面所へと戻ろうとした。「なんだ、虫じゃないよ」そう言って娘を安心させようとしたのだ。

 

しかし娘は、頑として洗面所へは行こうとしなかった。それどころか、大粒の涙を流し、大声で泣き出してしまったのだ。

 

それを見た妻は、機転を利かせ「ほら、押し入れを開けたから虫さん出てきたんだよ。もう勝手に開けちゃだめだからね」と言って、巧みに躾へと繋げていた。

 

娘は涙を拭いながら、うん、うん、と頷いていた。どこまで理解できたかはわからないが、反省したような面持ちに見えた。

 

そして「虫さんはパパがないないしたから、もう大丈夫だよ。一緒に見に行ってみようか」と言って、娘を連れて洗面所へと向かった。私はその間、埃を拾い上げゴミ箱へと捨てた。

 

洗面所に着き、もう床に何もないことを確認すると、娘は安堵の表情を浮かべた。「あ~こわった~」涙目の娘はそう言い、やっと笑顔を見せたのであった。

 

娘にも怖いものができたんだな、と私は少し感慨深い気持ちになった。

 

それにしても虫が怖いなんて、娘もやっぱり女の子だ。

 

私が小さい頃は虫が大好きだった。少し男勝りなところがあると心配していたのだが、そんな可愛らしい娘の弱点が垣間見れて、安堵する気持ちになった。

 

「あ~こわった~」

 

娘は布団に入ってからも何度かそう口にした。心なしか、私たちの言うことを素直に聞くようになっていたように思う。

 

少し可哀想だったけど、いい具合に効果があったのかもしれない。また娘がワガママを発揮したら、虫さんに登場してもらうことにしよう。