娘は私に手加減がない。
昨日も、遊びながらにパチパチと身体を叩かれ、お風呂においては顔面にバシャバシャと水を喰らわされた。
当然それは、そのジャレ合いを私自身も楽しんでいるからだし、娘がパパのことを『どんなワンパクも受け止めてくれる相手』だと、信頼してくれているからだろう。
その証拠に、娘はそのようなワンパクを妻や友達には一切しない。まぁ妻は、たまに勢い余って被害を被りそうにもなるのだが、その際は「そういうのはパパに」と言って私のことを差し出す。
一昨日の夜は特に娘が激しかった。
娘はベッドの上でひたすら「アンパンチ」と「アンキック」を私に浴びせ続けてきたのだ。
特にアンキックが痛烈だった。娘は全身のバネを使い、両足で私の顔面を蹴り上げる。私はキックを喰らうたび「バイバイキーン」と言って、空の彼方へと飛んでいくふりをした。
娘は喜び、興奮したようにそれを何度も繰り返した。子どものキックながらに、そのダメージは徐々に私の中に蓄積されつつあった。
しばらくして、さすがに見かねた妻が動く。妻は娘に真剣な面持ちで向かい合い、諭すように言った。
「そんなに蹴るからパパが痛い痛いしてるよ!もっとパパに優しくしなきゃだめでしょ!」
娘はハッとした表情を浮かべ、みるみる反省の面持ちとなった。「私はパパになんてひどいことを・・」そんな娘の心境が手に取るようにわかった。
そこからの彼女の所作は、とにかく慈愛に満ちていた。心改めた面持ちで私の元へと近づいてくると、遠慮がちな微笑みを浮かべた。
君に悪気なんてなかった。パパはちゃんとわかっているよ。私はそんな思いを込め、娘に微笑みを返す。
すると娘はゆっくりと片足をあげ、小さな声で「あんきーく」と囁いた。
あ、“優しく”ってそっちの?
蹴り上げられる刹那、私は娘の中の論理式を悟った。
そして彼女が繰り出した渾身の“優しさ”を、逃げることなく頬で受け止めた。妻の笑い声が辺りに響いた。