いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

リアル・モンスターハンター

今回はゲームの話ではない。現実世界で起きた昨日の出来事だ。

 

つんざくような妻の悲鳴が、その夜の我が家の平穏を吹き飛ばした。寝室で娘と遊んでいた私は、驚いてリビングへと向かう。

 

「パパ・・・あ、あれ」

 

怯えきった妻が弱々しく指さしたその先には、奇妙な飛行物体がいた。大きさはカナブンくらい。ただ蠅にしては大きすぎるし、蜂にしては形が違っていた。

 

その物体は派手な音を立てながら、リビング天井の照明にぶつかり続ける奇行をとっていた。

 

「むし?むし?」

 

虫が大の苦手である娘の表情も曇っていく。妻はそんな娘を抱きかかえ、私の後ろに隠れた。

 

「あれ、なんとかして、お願いね!」

 

隊長から任務が言い渡された。『謎の飛行物体の狩猟』それが私に課せられたクエストだった。制限時間はお風呂までの10分程か。妻は娘を抱えたままリビングを後にした。収拾がつくまで寝室に籠もるとのことだ。

 

リビングの扉を閉めると、私は照明の方を見つめながらソファに腰掛けた。奇妙なくらいに落ち着き払っていた。まずはモンスターの行動を観察すること。それがなによりハントの基本だ。

 

狩猟対象は相変わらず照明カバーへの突撃を繰り返していた。バシバシバシと不快な音が鳴り響く。その動きは俊敏で、羽音は耳障りなくらい大きかった。

 

行動パターンを把握するため、私は照明のスイッチへと向かった。試しに照明を消してみる。すると音がやみ、モンスターも闇に消えた。何度か繰り返してみたが、どうやら照明を消すとカバーの裏に身を潜めるようだ。

 

私は再びソファに座った。ここは現実世界。ゲームの中では自由自在に操れる太刀も、ここには当然存在しない。強いて武器をあげるとすれば、切れ味抜群なこのブレインくらいだ。

 

というか、それしか持ち合わせがない。自慢じゃないが、武闘派ではないので戦闘には向かないし、上背もないので空中戦には分が悪いだろう。正直、気持ち悪い虫との対峙なんて御免被りたいところが本音なのだ。

 

しかしやるしかない。これは任務クエストなのだ。

 

私はまず行動範囲を限定させることにした。リビング横についている和室へとモンスターを隔離するのだ。和室の照明を付け、リビングの方を消した。追い打ちをかけるように、照明カバーを近くにあった棒で叩いてみる。

 

虫は驚いた様子で和室へと逃げ込み、天井近くの壁にへばりついた。その姿が確認されたが、やはり見たことのない奇妙な虫だった。私は対象から目を離さないようにしながら、後ろ手で和室のふすまを閉めていった。ほどなくして和室への隔離が完了する。

 

オーケーいい感じだ。まずは計画通り。所詮、相手はモンスター。知能指数は虫レベルだ。私は18畳のリビングから、5畳半の和室へとその戦場を移した。これで相手の行動範囲はだいぶ限定される。

 

和室は客間で使うことが多いため、家具が何も置かれていない。正方形の部屋の真ん中に、ただ照明がぶら下がっているだけの空間である。

 

しかしここからどうするか。私はまだモンスターを狩るイメージが持てなかった。あんなに高い位置にいられては叩きづらいし、なにより先程の俊敏な動きを考慮すれば、クリーンヒットはあまり期待できない。

 

私は突破口を探すため、再び彼の行動を観察した。試しに照明を消し、すぐに付けてみる。対象は照明に興味を持ち、近づくそぶりを見せた。やはり照明の使い方が鍵を握っているようだ。

 

私は再び照明を消した。今度はしばらく間を置いた後に付けてみる。すると、堪えきれなくなったモンスターが照明への突進行動をはじめた。バシバシという鈍い音があたりに響き渡る。

 

しばらくすると転機が訪れる。モンスターが照明の内部へと入りこんだのだ。

 

和室の照明は、電球を中心に球体の和紙カバーがついている。垂れ下がったぼんぼりのようなデザインだ。和紙で覆われたその球体の中に、モンスターが突撃の勢い余って、迷い込んでしまったわけだ。

 

このとき私は、本狩猟を『討伐』から『捕獲』へと切り替えた。クエストクリアへの道筋が見えたのだ。聡明な皆様なら、きっとお察しがつくことだろう。

 

私はキッチンへと向かい、小さなビニール袋を手にした。近くにあったマスキングテープと広告のチラシも持って行く。和室へと戻ると、私はビニール袋を照明カバー下の円状の穴へと被せた。その状態で袋をテープで固定していく。

 

モンスターが照明下から這い出た際に、この袋でキャッチする算段だ。逃げ場を無くす為、照明上部の穴も広告チラシを被せて塞ぐ。これで彼は完全にこの球体の中に閉じ込められたことになる。

 

私はその時点で勝利を確信した。すでに彼にはどうすることもできない。私は電気のオンオフを繰り返しながら、照明カバーをじわじわとつついていった。カバーの素材は和紙なので陰が透け、どこに居ても彼の居場所はバレバレだった。

 

最後は側面に張り付いた彼に、カバー越しのデコピンを喰らわして勝負あり。彼は転げ落ち、私の仕掛けた罠の中へと入った。袋の口を閉じ、クエスト完了。私は誇らしげにそれを妻たちの待つ寝室へと持って行った。

 

「ほ、捕獲したの?すごい!」

 

開口一番に妻はそう言った。さすがは一緒にモンハンをやっているだけのことはある。討伐よりも捕獲の方が難しいことを知っているのだ。その称賛が私にとってのボーナス報酬となった。

 

娘もおそるおそる私の手にしたビニール袋を覗きにくる。中で虫がうごくと、怯えて私の後ろに隠れた。早く彼女の前からモンスターを消さねばなるまい。

 

ハンターたるもの、慈愛の精神も持ち合わせていなければならない。私は袋をもって玄関から外にでた。しばらく廊下を歩き、そこで袋の口を開ける。モンスターを自然界へと帰すのだ。

 

袋から出た彼はひっくり返り、足だけをバタバタと動かしていた。しばらく袋の口を閉じていたので酸欠となったようだ。ただ直に元気を取り戻すだろう。もうハンターの家に迷い込んではいけないよ。

 

家に戻ると、娘が尊敬の眼差しで私を見た。

 

「ぱぱ、むし、つかまえた!」

 

私は話を盛りに盛り、ほぼフィクションの内容で、モンスターとの戦闘模様を再現した。おそらく娘は、火を吐く凶暴な虫との死闘を制した、勇敢なパパの姿を思い描いたことだろう。

 

そんな私を妻は呆れ顔で見つめていた。でもそんなことは気にならない。間違いなく、私はクエストを成功させ、ハンターレベルを上げたのだから。

 

モンハンは本当に凄いゲームだ。実生活においても、そこで培った経験やスキルを活かすことができる。

 

話によれば来年秋にまた新作も出るようだ。全国のパパの皆様も、そこで修行を積んでみては如何だろうか。