いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

夕暮れ時のハッピーエンド

池に小石が投げ込まれたように波紋が広がった。

 

娘の表情の話だ。彼女の視線に私が飛び込むと、顔全体に笑顔が広がった。目は大きく見開かれ、いつも以上に光を反射している。そのキラキラとした輝きから、澄み渡った日の波打ち際のイメージが脳裏に浮かんだ。

 

彼女はベビーカーに座ったまま、興奮したように身体を上下させている。車体がぎしぎしと揺れたので、妻が慌てて背面のグリップを掴んだ。

 

会社からの帰り、妻も買い物帰りだったので最寄り駅にて合流したのだ。娘は外でふいに現れたパパに思わずテンションがあがったのだろう。先に書いたような嬉しいリアクションをとってくれた。

 

その後も、娘は何度も私の顔を見上げ、興奮した様子で頬を緩めていた。合流して以来、ずっと私の手を掴んだままだ。私の指を小さな手で握りしめ、信号などで立ち止まると、ぎゅっと腕全体を抱きしめてくれる。

 

外でふいに会えた、というだけでこれほどまでに喜んでくれる娘。相手側としては嬉しくないわけがないだろう。私も立ち止まる毎にしゃがみこみ、ベビーカーに座る娘と目線を合わせてお喋りをした。

 

娘は、ママと友達とその娘と一緒に買い物に行った帰りだった。そのことを嬉しそうに何度も私に教えてくれる。「たのしかったの」そんな感想を聞くだけで、行ってもいない自分までもが嬉しくなった。

 

家路は最後の信号に差し掛かった。娘は興奮をもはや抑えられなくなったようで、「ぱぱ、だっこ」と甘えた声をだした。私は喜んで、彼女の腰につけたベルトを外し、ベビーカーからひょいと抱き上げた。

 

その後、娘は私に抱っこされて家まで帰った。横を車が通り過ぎるたび「くるま、あぶないっ」と冗談めかして私の胸に顔を埋める娘。その勢いのまま、首の後ろに腕を回し、私をぎゅっと抱きしめてくれるのであった。

 

きっとこれが映画なら、徐々に遠ざかっていく私たちの後ろ姿を見送った後、徐々にカメラがパンアップされ、綺麗な夕暮れ空が映るのだろう。

 

これ以上無いほどに穏やかなハッピーエンドだ。なぜだか、そのときの私の頭にはそんなイメージが浮かんだ。

 

このような日々のささやかな情景を、思い出として残しておきたい。久しぶりに、私がなぜここで文章を書き始めたのか、その初心を思い出すことができた気がした。