いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

猫を棄てる 父親について語るとき

村上春樹の新刊『猫を棄てる』を読了した。

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発売を知ってからささやかな楽しみにしていた。発売日に購入し、すぐに読み終わった。100ページほどの短い本だが、装丁が綺麗でイラストには心惹きつけられる。

 

これまで村上が語ってこなかった父親についてじっくりと語られている本だ。きっかけとなったのはその父親が亡くなられたこと。文芸誌で発表された際にも話題となっていたが、私は本として発売されるのを待っていた。

 

あっという間に読み終わるし、正直言って『村上春樹ファン向け』の作品だろうと思う。ただその文章は相変わらず読み心地がよくて、挿入されるイラストも素晴らしく、所有欲をくすぐられる一冊に思える。

 

この文章をとおして村上が伝えたかったことは二つ。一つは、戦争というものが一人の人間の生き方や精神をどれほど大きく深く変えてしまえるか、ということ。

 

もう一つは、自分が存在していることの神秘。父親の運命がほんの僅かでも違う経路を辿っていたなら、村上という人間はそもそも存在していなかったのだ。当然ながら、彼が書いてきた数々の作品たちも。

 

同じような不思議な感覚は、私もたまに感じることがある。目の前の娘をみていて、ふと、ボタンを一箇所でも掛け違えていたなら、この子は生まれてこなかったんだという事実に、改めて驚きを覚えることがあるのだ。生命の誕生とはほんとうに奇跡的なことだと思う。

 

こじんまりとしているが愛すべき本に思える。本棚に飾って、たまに取り出してみてはパラパラと捲る。そんなささやかな喜びを今後も与えてくれそうな一冊である。