いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

夫婦ふたりの時間

ゆっくりと扉を開け、妻が寝室から出てきた。

 

残業帰りの私がひとりシャワーに入っている間に、妻が娘を寝かしつけてくれたのだ。それぞれ静かにソファに沈む。スマホ片手に、何気ない会話がはじまった。

 

しばらくすると、先日から始まった新しい朝ドラを観ようか、という話になった。テレビをつけて観始める。画面を眺めながら、それぞれが読んだこの番組に対するニュース記事の内容などを共有し合った。

 

録りためた2話を観終わり、期待していたぶんの満足感を得ると、そのまま惰性で放送中のバラエティ番組を観ることにした。番宣で出ていた斎藤工が、またもやサービス精神から身体を張っており、心配する気持ちを若干抱きながらも、それでもやはり二人で笑ってしまった。

 

そんなふうに、久しぶりに夫婦ふたりっきりの時間を過ごした。時間にして2時間ほどだろう。その間2度ほど寝室の娘が泣き声をあげ、その都度私が出向き、寝ぼけた娘を落ち着かせ、再び眠りにつかせた。

 

なにをするでもなく、なにを話すでもないが、それでもなんだか心安まる穏やかな時間であった。何気ない会話を交わし、同じものを見て笑う。ただそれだけで、なんだかお互いの絆を確認し合えたような気持ちになった。

 

先日、今年度における家族の取り組みについて話し合った際に、妻が「夫婦ふたりだけの時間の充実化」というテーマを提案してきた。娘とのふれあいももちろん大切だが、家族が輝くためには盤石なる夫婦の絆があってこそ、それが妻の主張であった。

 

娘にかまうばかりの私に、寂しさを募らせてきたのだろう。その提案からだけでも、昨年度における妻の心情が推し量れた。うん、最も大切なことだと、私も思う。

 

そんなわけで、今年度は昨夜のような夫婦ふたりっきりの時間を、もっと増やせればいいなと思っている。そのためにも、娘の規則正しい生活リズムを築かなければ。