いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

セミの抜け殻とり

投票に行った帰り、家族で公園遊びをした。

 

娘は嬉々としてすべり台に上り、私はそれを追いかけた。しばらくすると、虫網を持った男の子たちが目に付いた。見ると、母親とセミとりをしているらしい。

 

娘はその様子を興味深げに眺めていた。夏ならではの光景に、私も妙に子ども心をくすぐられてしまった。そこで、セミ自体とまではいかずとも、娘に抜け殻くらいは見せてあげたいという気持ちになった。

 

娘の見守りを一旦妻に任せ、私は公園内を散策した。するとある一角に、10あまりセミの抜け殻が置かれているところを見つけた。きっとどこぞの子が集め、そこに置いていったのであろう。

 

私はそのひとつを手に持ち、娘のところへと持って行った。それを見ると娘はぎょっとする。そして「こわい」と言われ、遠ざけるよう邪険に手を振られた。

 

私は少し残念に思いながらも、でも女の子だしなと納得し、抜け殻を元あった場所へと戻しに行った。しかし、そんな私のことを、後から娘が追いかけてきた。

 

娘はセミの抜け殻をじっと観察し、少しそわそわした様子で尋ねてきた。「これさわっていいの?」私はいいよ、と応える。娘はおそるおそる手を伸ばし、比較的きれいな形の抜け殻を選んで、ひょいと摘まみあげた。

 

「これ、せみ?」

「そう。セミの抜け殻」

「せみのぬけあら」

 

娘は嬉しそうに笑い、妻にも見せようと駆けていった。妻は気持ち悪いと言って逃げ回っていたが、娘は遊びと勘違いしたのか、しつこいくらいに追いかけていた。

 

その後も娘はセミの抜け殻に興味津々で、両手に抜け殻をもっては、近くにいた見知らぬ男の子にも自慢そうに見せていた。私は娘が楽しそうなので、今度は木についたままの抜け殻を見せてあげようと、探し回った。

 

すると、ある木の枝のぎりぎり届きそうなくらいの位置に、“天然もの”の抜け殻を発見した。私は娘を呼び、抱っこしてそれを見せた。娘は懸命に腕を伸ばし、それを自分の手でもって捕獲した。

 

「せみ、とれたー!」

 

そんな感じで、娘とのセミの抜け殻とりは大変盛り上がることができた。公園を去る際にはそれらを一カ所にまとめ、最初に見つけた時よりも充実した“抜け殻市”にして、次に来る子ども達へとロマンを繋げた。

 

ちなみに、家に帰る途中には、スターバックスに入り皆でおやつを食べた。さっきまでセミの抜け殻を掴んでいた娘は、今では可愛らしいドーナツを掴んでいる(当然、手は綺麗に洗った)。

 

その少年と少女、どちらの心も持ち合わせた娘に、今だからこそ抱く可愛らしさというものを感じさせられた。