いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

わたしを離さないで

カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を再読。

f:id:pto6:20200424082739j:image

これで読むのは2回目だ。数々の著名ランキングの上位に選出される、名作と名高いイシグロの代表作だが、実はこれまで私の中では、それほど評価が高くなかった。

 

理由は最初にこの本を読んだ時、その前に読んだ『日の名残り』で受けた衝撃を超えてこなかったからである。

 

イシグロ作品の中では、一見して『文学性』よりも『エンターテイメント性』に、より多くのパラメータ要素が割り振られている印象を受ける。それゆえ多くの人に読まれ、世界的なベストセラーにまでなったのだろう。

 

ただ今回、期間をあけて再読してみて、前回とは違った感想を持った。臓器移植やクローン等、近未来的なSF要素が目につき、「人間とは」「心とは」といった大きな主題にばかり目が行きがちになるのだが、実はこの物語はもっと普遍的なものを描こうとしているのだ。

 

男女の三角関係、友情と恋愛、運命に翻弄され成就せぬままに終わる恋・・・。目を引くキャッチーな要素で物語全体をコーティングしつつも、行間にはそのような温もりある普遍的な血が通っている。まさに、この本に登場する主人公たちのようではないか。そう思わされた。

 

そのようなことに気がつくと、この作品が何も「エンタメ」に媚びて寄せている作品でないことがわかってくる。「エンタメ」と「文学性」、それらを黄金比的なバランスで両立してみせているのだ。世界的評価を受けて然るべき作品だと、今回読んで改めて実感させられた。

 

イシグロ作品で未読なのはあと1作。新作の報せがくるまで大切に残しておこうとも思っていたのだが、もう我慢できなくなってきたので、満を持して読み始めよう。