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忘れられた巨人

カズオ・イシグロの『忘れられた巨人』を読了した。
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イシグロの最新作にして、私にとって最後の未読作品であった。これで現時点で出版されているイシグロ作品は、7冊全てを読み終わり本棚に並べることができた。

 

前評判で聞いていたとおり、これまでのイシグロ作品とは大きく異なった特徴があった。舞台が5、6世紀あたりのイングランドなのだ。『アーサー王伝説』を下敷きに、あたらしいファンタジー世界を築き上げている。

 

そのため導入部は少し読むのに苦労した。しかしイシグロへの信頼のもと読み進めていくと、いつのまにかその世界に没入させられていた。写実性の高いイシグロの精緻な文章のおかげであろう。

 

ドラゴンや鬼も登場し、ファンタジー要素も多いのだが、物語の核となるテーマは『記憶』だ。これまでもイシグロは、そのテーマを作品の中で何度も扱ってきた。

 

人間がもつ『記憶』の曖昧さ、『記憶』に縛られることで自らを偽ってしまう人間の姿、そして今回は『記憶』を蘇らせるか忘却されたままにしておくべきか、という選択の是非が物語を通して語られていく。

 

読み終わると、冒険活劇としてではなく、ひとつの文学作品としての深い余韻を味わえた。そして、これだけ違った書き方をしても作品としてのクオリティを維持できることに対しては、素直に感服させられたのであった。

 

さて、これで現存するイシグロ作品はすべて読み尽くしてしまった。最新作である本作が発売されてからもう5年の歳月が流れている。そろそろ新作の報せが舞い込んできてもいい頃ではないだろうか。待ち望んでいる。