いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

風立ちぬ/菜穂子

堀辰雄の『風立ちぬ/菜穂子』を読了した。
f:id:pto6:20200813115339j:image
大好きな宮崎駿映画『風立ちぬ』のモチーフとなった小説だ。もともとの小説版はどのような物語なのだろうと知りたくなって読んでみた。

 

近代文学における有名作なので、各出版社からいくつもの文庫版が出ていた。私はその中でもっとも新しく出版されたこの小学館文庫を選んだ。表紙が素敵なのも気に入った。漫画『僕等がいた』の作者が手掛けたそうだ。

 

この本には堀辰雄の代表作『風立ちぬ』『菜穂子』の2篇が収録されている。『風立ちぬ』は映画との共通点を探しながら読めて楽しかった。

 

堀辰雄の文章を私は今回初めて読んだ。なんとも特徴的な文章だ。ひとつひとつの文章がとても長い。私だったらここは3つの文章に分けるな、というところも彼は1文で繋げて書くのだ。それなのに不思議と読みづらくはない。

 

これまでにあまり見なかった文章の繋げ方なので、小さな驚きを覚えながらに読んだ。ひとつの文章が長いと、読むときのひと息も長くなるので、ゆったりと落ち着いた雰囲気が醸し出される。それが物語の静謐さとも相まって、神妙な空気感を生み出しているように思えるのだった。

 

現代文学は比較的文章が短く、明瞭さ重視で書かれているものが多いため、久しぶりに違った文章的アプローチに出会え新鮮だった。古き良き書き方を今更ながらに味わうことができた。

 

ただ『菜穂子』の方は、物語自体が長いこともあり、途中から退屈に思えた。読者側がこのような気持ちになると、一文が長い文章もじれったくもどかしく感じられる。もちろんそれで読むスピードをコントロールしている側面もあるのだが、中盤は読み進めるのに些か苦労した。


ただ最後のしっとりとした余韻の残し方は見事だなと思った。読み方によって解釈が別れそうなラストである。こういう曖昧で一言では言い切れない情景や感情を描けるということが、文学作品ならではの長所であろうと思われる。