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英国諜報員アシェンデン

モームの『英国諜報員アシェンデン』を読了。

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新訳版のモーム作品を3作連続で読んだ。ただ、今作では少しだけ肩透かしをくらうこととなった。

 

実際に諜報員として働いた経験を持つサマセット・モーム。そんな彼が描く諜報員の物語は、ゆえに007等に見られるドラマティックな展開は皆無で、実態に則したリアリティ溢れる内容となっている。

 

つまり徹底して話が地味なのだ。大した役職にない一諜報員が関わるのはミッションの一端に過ぎない。諜報活動の全貌もわからなければ、真の狙いも定かではない。そんな中、出された指示に従いただただ任務につく。まるで司令官の駒のように。

 

そんなリアリティがある内容だからこそ、私としては少々退屈をさせられてしまった。連作短篇集だが、一冊を通して主軸を担う『謎』や『目的』があるわけではないので、なかなかページを捲るペースが上がってこないのであった。

 

就職後の仕事と違い、アルバイトの仕事に全くモチベーションを抱けなかったときの感覚に似ているなと思った。やはりある程度は先へと繋がっていく道筋や目標がないと、ただただ目の前の作業をこなすだけになる。この物語の主人公の任務にも、この小説を読むこと自体にも、それと同じ感覚を抱いた。

 

ただ、それでもモームの文章だからこそ最後まで読み切ることができた。人物描写は相変わらず冴え渡っており、会話はどこまでも小気味良い。後半は会話部分だけに着目して、どこにその心地よさの秘訣があるのかと、探るようにして読んでいた。

 

また冒頭の『前書き』で、著者モームがフィクション小説を書くことについて語っているのだが、そこが一番読み応えがあった。学びの多い金言だったので、この章だけは今後何度も読み返すことだろう。