いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

みんなで絵を描こう

食卓を囲んで、皆で画用紙に向き合った。

 

食卓の中央にはテーマに選んだ花瓶が、そのまわりにはクレヨンや絵の具、色鉛筆などが散在している。皆が銘々に、それぞれの自由なやり方で、画用紙に対象を描いていく。

 

草花をまじまじと見るのは興味深かった。普段なら派手な花びらにばかり目が行きがちだが、改めて見つめてみると目を惹くのはそれ以外の部分だ。

 

ひまわりの中心部は茶色い触角のようなものが密集していて、凝視しているとその中心部に引きずり込まれるかのように感じた。また茎には細かい産毛がびっしりと生えており、遠目でみると埃をかぶっているように白みがかっていた。

 

薔薇は花びらの織りなす造形に芸術性を感じさせられた。女性が好きなのも納得できる。自然にこれがつくられるのだから、地球は偉大なるアーティストだ。茎にある鋭い棘もミステリアスさを増幅させ、孤高の花という印象を更に高めている。ただ顔を近づけると甘い香りに捕捉され、視覚よりも嗅覚の方を絡み取られてしまうのだった。

 

私はそれら主役級のふたつの花をスケッチしながら、そのまわりにさり気なく添えられた、かすみ草のもつ魅力にも気づかされていった。まさに名脇役といえる。主役達のあいだを取り持ち、花瓶全体の調和を上手に保っていた。就職活動をする際には、彼女のような存在こそ「潤滑油のような存在です」とアピールしてもよいのだろう。

 

また花だけではない。葉っぱもよく見てみると面白かった。間近でみると葉脈は細胞を縁取るように幾重にも伸び、葉の縁と中央とでは色味も異なっていた。72色の色鉛筆を用いて彩色をしていたが、それでも忠実にその色を再現することは叶わなかった。

 

そのように草花を楽しく描いていたが、なんだか絵としての面白みが不足していた。植物も好きだが、やはり私は人間を描く方が好きだ。そんなわけで、絵の横に息子の顔も描くことにした。彼の顔をまじまじ見つめることは最近のマイブームである。赤ちゃんの顔はいくら眺めても飽きがこないのだった。
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完成した銘々の絵はそのまま食卓の壁に飾ることにした。私と妻が一枚描き上げるうちに、娘は計6枚もの作品を完成させていた。どれも子供らしさに溢れた絵で、絵の具とクレヨンを主で用いたパワフルな色彩が特徴であった。

 

妻は紺色という上級者向けの色画用紙をベースに、女性らしい繊細な絵を描き上げていた。配色と陰影、筆致の妙で、薔薇の美しさがうまく表現されている。花の周りには絵の具で装飾のラインが引かれ、最もデザイン性に富んだ仕上がりであった。

 

壁に並べられたそれぞれの絵を見つめると、そこにはやはりそれぞれの人間性を見て取れた。皆でやる創作活動は面白いな。それに、なんて模範的なステイホームの過ごし方だろう。まさに自画自賛だ。