いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

火を熾す

ジャック・ロンドンの『火を熾す』を読了した。
f:id:pto6:20210531204315j:image
柴田元幸翻訳叢書シリーズで刊行されており、ずっと気になっていた。ロンドンの作品は初めて読むが、前評判の高さからとても期待していた。

 

読み終えた感想としては「期待通りだった」の一言に尽きる。古典米文学の傾向にある簡潔な語り口が心地よく、動詞を中心に据えたダイナミックな物語運びがとにかく私好みだった。

 

自然や動物の描写が秀逸で、今の気分にもマッチしていることもあって、とても気持ちよくその世界に入り込むことができた。バラエティに富んだ短編作品が意図的にセレクトされているが、どれも一定以上の質を備えていて、柴田の審美眼への信頼をより篤いものにした。

 

そんな中でも、冒頭に収録された表題作『火を熾す』の印象は群を抜いて強烈であった。読み終えてこれほどまで長く、その余韻が続いている短編小説も珍しい。これまでも素晴らしい短編集はいくつも読んできたと思うが、今回に比類する例はあまり思い浮かべることができない。

 

極寒の雪原を犬を連れて歩く男が、誤って濡らしてしまった足を乾かそうと火を熾す、というシンプルな物語なのだが、その鮮明な描写から息をのむようにして一気に読んだ。その結末も私の予想を裏切り、幕の降ろし方においてもとても印象深かった。

 

ジャック・ロンドンの代表作にも『野生の呼び声』や『白牙』といった、犬が登場する物語がよく挙げられている。そのため次に私が手に取ったのは、柴田が犬関連のロンドン作品を集めたという短篇集『犬物語』である。そちらも私好みの作品にあふれているのではないか。期待に胸が膨らんでいる。