いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

スコーン

ゆるやかに曲げた人差し指を鼻下にあてる。

 

考えるときの癖である。幼少期に探偵気取りではじめたであろうそのポーズが、いつのまにか無意識の手癖になるまで刷り込まれてしまった。

 

肌にふれた指の側面で、生えかけの髭をじょりじょりと擦る。その動力によって少しでも脳の回転を速められるだろうか。自分にだけ聞こえる擦れ音が、不思議と集中力を高めてくれる。

 

ただその所作をとったからといって、必ずしも思索に耽っているわけではない。考えている振りをしている場合もあるし、場に溶け込むために擬態しているという可能性もある。

 

そして仮に何かを考えていたとしても、高尚な考察であるとは限らない。神妙な顔をしているときほど疑ってかかるべきだ。こぶし部分で口を覆っているので、その向こう側では人知れずほくそ笑んでいるやもしれぬのだから。

 

在宅勤務中、作業をしているとき以外、私はその仕草をよくやる。たまにため息をつき、仕事中にだけつける眼鏡を軽く持ち上げる。

 

ただ今日はすこぶる調子を崩されていた。なぜなら鼻下に指をあてるたび、香ばしいバーベキュー臭が漂ってきたからだ。

 

昼休憩の際に妻と食べたスナック菓子、スコーンの香りである。その頑固な匂いは何度手を洗っても落ちてはくれなかった。仕方ないので、私は時間がくるまでその匂いを嗅ぎながらPCに向かっていた。

 

その匂いにふと気づく頻度の高さに、自分が仕事中この仕草をどれだけしているかに気づかされた。お風呂に入ればとれるだろうか。さすがにベッドの上まで、この匂いにつきまとわれるのは勘弁である。