子ども達は何でも吸収して学びにする。
コロナであってもそうだ。少し前に、お風呂の鏡に娘が折れ線を描いた。「これな~んだ。正解はコロナでした~」。この少ないところがこの前で、今はここ、また増えてきた。コロナのおかげで娘が折れ線グラフを覚えた。
またニュースキャスターの真似もできるようになった。報道する題材はやっぱりコロナ。惨憺たる状況を、笑顔で得意げに読み上げるのが子どもらしい。
同じように、コロナの新規感染者数を調べるにあたり、都道府県名も少しずつ覚えてきた。大阪、東京、福岡、大分、鹿児島・・・。
これまで会話に出てきたり、お風呂に貼ってあった地図で覚えた府県名を言い、今日は何人だったかと聞いてくる。一緒にアプリで確認し、「また増えたねえ」と一緒になって嘆いている。
題材が題材なだけに喜ばしいことではないのだけれど、子どもには何事も勉強になるのだなと感心してしまった。まるで木綿やスポンジのようである。