いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

オトモダチ

「遊んでる他のお友達にぶつからないようにね」

「あれはワタシのオトモダチじゃないでしょ、ほかのコたちっていって。オトモダチがオトモダチよ」

 

公園で遊んでいる際、なにげなくかけた言葉の揚げ足をとられ、娘に叱られてしまった。たしかにそうだ。彼女が小さい頃は、初対面の子であっても同じくらいの歳の子のことは『お友達』と呼んでいた。当時そのことに違和感を感じていたはずの私が、今では娘に窘められている。可笑しなものである。

 

それでも彼女の主張は正しい。遊具で遊び回っている子たちは見知らぬ子供たちだ。娘が通う幼稚園のお友達がいるわけでもないので、そんな彼らを『お友達』と表することは間違っているわけである。

 

娘の中で『お友達』の重要性が上がっている証であろう。仲の良い、好き合う間柄、そんな特別な関係が『お友達』であるのだから、そこら辺を歩く他人の子らに、その大切な称号を軽々しく冠してはいけないのである。

 

社会性が身についてきたなあ。そんな感慨にも耽りながら、娘を追いかけ遊具で遊んだ。しばらくすると、風が冷たくなったので帰路に立った。

 

帰りの道すがら、園内の大池に大きな球体が浮かんでいるのが目についた。海などでよく見かける大きな浮きのようなもので、おそらくは何らかの目的があって、その池に浮かべられているのだろう。

 

その球体を見て、ストライダーに跨る娘が指をさした。「あ、ボールがうかんでる!誰かのが入っちゃったのかなあ」。あんなに大きなボールはないよ、そう妻が指摘すると、娘はこう返したのだった。

 

「じゃあ、あれはオツキサマ?」

 

大人っぽいことを言ったかと思えば、今度は子供らしさ満載のことを言う。それらが混在している5歳という年齢は、本当に愉快だなと思うのであった。