いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

同僚との議論・上司との面談

久しぶりにビル出社した。入社以来2度目である。

 

なぜかと言えば、明日は初めてクライアント訪問をするからだ。しかも東京への出張。そのため前日のうちに会議資料を印刷しにビルに出社したのであった。

 

クライアントへは資料を製本化してお出しする。そのやり方がわからなかったので、同じ案件に携わる同僚にレクチャーをしてもらった。その同僚とは対面では初めて会うのだが、リモート時と同様に親切で優しい印象を受けた。

 

製本化は早々に終わり、彼が前日から東京入りするとのことだったので、万が一に備えて彼に資料を持っていってもらうことにした。私は朝5時台に起き新幹線に乗るプランなので、寝過ごしたら大ごとだからだ。

 

その後、せっかく集合したのだからと、案件のディスカッションをしないかと同僚から提案を受けた。もちろん有り難いので快諾する。ついでに会議室の予約の仕方等、細かいことも教えてもらいながら、ホワイトボードのある会議室に入り、ふたりで議論した。

 

朝のミーティングで上司たちの議論を聞き、自分たちの理解がまだ浅かったことを痛感した。さらに同僚とふたりで議論をしてみると、その中でも私の理解が圧倒的に浅かったのだとありあり感じることができた。

 

ふたりの考えをホワイトボードにまとめ、朝よりは頭がすっきりした。しかし最大の収穫は、まず自分がより深い理解のため、曖昧だったところの頭の整理からやり直す必要がある、と理解できたことだ。

 

その後、同僚と別れて私は帰宅した。家に着くと上司とのリモート面談のため再び端末に向かう。上司からプロジェクトにおいて期待する役割を伝えられ、私からもいくつかの質問相談をさせてもらった。

 

初心者ゆえの稚拙な質問ばかりを繰り出したが、どれにも真摯に、丁寧に答えていただいた。ただ面談を通して一番に感じたのは、やはりどんなに経験が浅くとも、自身がコンサルタントであるという自覚を持ち、自身の成果や成長に関しても、自立した責任感を持つ必要があるということだった。

 

これは入社前までは自覚していたことであったが、最近仕事が本格化したこともあり、いつのまにか事業会社時代の生ぬるい担当者意識が顔を出し始めていたことを自覚するに至った。

 

事業会社は最終的には上司のせいにもできたのだが、今は自分の行動のすべてに自身で責任を負う必要があるのだ。ゆえに上司の顔色を伺う必要もないし、そんな暇があるなら自身の成果や成長にだけ集中をした方がよいのだ。

 

もちろん、ここでいう自身の成果はイコールお客さんへの提供価値と同等である。面談の最後に上司が言った、「クライアントに感謝されるかどうかが全ての尺度になる」という言葉が、最もシンプルで自分の中ですとんと腹落ちした。

 

明日は転職後初の出張、初のクライアントとの対面会議である。ここからが本当のスタート。改めてコンサルタントの自覚を持ち、その一歩を踏み出したい。