いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

一人称単数

村上春樹の『一人称単数』を読了した。

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こちらも図書館で借りて読んだ。おかげで文庫化を待たずに読むことができた。8篇からなる短編小説集。

 

読みやすさは相変わらずで、ミネラルウォータを飲むようにゴクゴクと飲み干せた。味としても爽やかな清涼感は得られたが、これていって濃い味が口の中に残るとわけでもなかった。

 

ただその「読んでいてただ意味もなく心地よい」のが村上作品を美点のひとつだと私は考えているので、今回もらしい作品だなと満足感を得られた。

 

文章の読みやすさは更に洗練され、肩の力が抜け、達人技のように研ぎ澄まされていると感じた。物語も、これはエッセイなのかと思うほどに、村上本人の風貌が主人公へと重なり、まさにタイトル通りのコンセプトだなと思うに至った。

 

この作品をメインとするなら物足りなさはあるが、村上春樹フルコースを愉しむ心待ちでいる読者にとっては、長篇の間に差し出されたお口直しのグラニテのように有り難く味わうことができるだろう。

 

短いながらもすぐに物語に惹き込み、毎回最後まで楽しませるのは名手だからこそ成せる業である。さらりとこんな風に良質な短編小説を量産できることは、よく考えてみたら凄いことである。ただそろそろ骨太な長篇作品も読みたくなってきてしまった今日この頃。