いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

のら猫とサンドイッチ

昨日、会社にて。午前中の仕事が長引き、昼食のタイミングが同僚たちとズレてしまった為、私はひとりビルの外のベンチでサンドイッチを食べていた。

 

すると、近くの茂みから猫がひょっこり現れた。その猫は、なんでもない素振りでこちらへと近づいてくると、私の目の前で止まり座った。

 

なぜそのように思ったのか、今となってはうまく説明できないのだが、そのときの猫の様子は、私に歩み寄ってくる娘の姿を連想させた。

 

猫はじっと座ったまま、こちらに興味ない風を装い、明後日の方向を見つめている。しかしながら注意深く観察していると、ちらちらと私の方を覗き見していることに気が付いた。

 

いや、正確に言うと私ではない。私のもつサンドイッチのことを猫は見ている。

 

おそらくこのベンチに座り、餌をあげている人がいるのだろう。ここに来た人に近づいていけば、餌にありつけることを経験から学んでいるらしい。

 

こちらに媚びを売るわけでもなく、あくまで無関心の演技を貫きながらも、実は心の中では涎を垂らしているという健気な猫の姿に、私は微笑ましさを感じた。

 

しばらくすると、茂みの中からまた物音が聞こえた。

 

見ると、中から小さな子猫が顔を覗かせていた。奥の方まで目を凝らしてみると、中にはもう数匹の子猫たちと一匹の親猫がいるではないか。

 

どうやら、私の目の前に座るこの猫は父親らしい。人間との対峙に怖い気持ちもあるのだろうが、子供たちの為、奥さんの為、勇気を振り絞ってここに座り続けているのだろう。

 

そう思うと、目の前のこの猫がとても愛らしく思えてきた。こういうのら猫には安易に餌を与えない方がいいのでは、と頭では思いつつも、彼の勇気と頑張りに対して私がしてあげられることはひとつしかなかった。

 

「あげるよ」

 

私は手に持ったサンドイッチの切れ端を、猫の目の前に置いた。思わず心で呟いた声も口に出てしまった。

 

猫は俊敏な動きでそれを咥えると、もうここには用なし、という潔い態度できびすを返し、家族の待つ茂みへと帰って行った。

 

私はそんな猫の姿を見送ると、立ち上がり職場へと戻るためビルに向かった。茂みで待つ子猫と母猫の姿が、家で待つ娘と妻に重なった。

 

切れ端でもなんでも、私も持って帰れるよう頑張らねば。勇気ある父猫の姿を思い出し、歩きながらに少しだけ背筋を伸ばした。