いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

働き者の「はひふへほ」

100均で買った「あいうえお表」をお風呂に貼った。

 

娘のお勉強用だ。前の家で貼っていた表は「あ」から「ん」までの標準的なものだったのだが、今回のものには「濁音、半濁音、拗音」の表記までがあり、ひらがなを用いた全ての音が網羅的に書かれている。

 

娘も喜んだが、私も新鮮な気持ちでそれを眺めた。何げなく使っている濁音や拗音が、この限られたパターンしか存在しないと言われると、不思議な感覚になった。

 

そして、それらを見ていてある事実に気がつく。

 

「濁音、半濁音、拗音」、そのすべてを適応できる対象は「は行」のみだという事実だ。「ばびぶべぼ」「ぱぴぷぺぽ」「ひゃひゅひょ」。確かに他はそうではない。

 

半濁音に関していえば「は行」にしか適用されない。さらに拗音では「びゃびゅびょ」「ぴゃぴゅぴょ」と濁音、半濁音とも組み合わせて使うことさえできる。

 

これまで、従来の「あいうえお表」を見ていて「は行」に注目したことは一度もなかった。どちらかと言えば影の薄い部類だったろう。

 

そんな「は行」が実はこんなにも働き者だったなんて!

 

他の人にとっては当たり前の事実だったのかもしれないが、私にとっては三十数年間生きてきて、はじめて知った驚きの事実だった。

 

もしかしたらバイキンマンだけが、「はひふへほ」の真のポテンシャルを逸早く見抜いていたのかもしれない。

 

本を読み、文章を書き、自分では言葉に慣れ親しんでいると思っていたのだが、こんな基本的なことすら知らなかったなんて。少しだけ恥ずかしい気持ちになった。

 

そんな私を尻目に、妻は娘に名前の頭文字を教え、娘はそれを嬉しそうに指さしていた。

 

そういえば娘の名前にも「は行」が一文字使われている。これは将来、働き者になるかもしれないぞ、と少しだけ胸が高鳴った。

 

しかし、あることに気が付いてすぐにかぶりを振る。

 

そうだ、私の名前にも「は行」が一文字入っていた。働き者かどうかは、名前なんかじゃ決まらないみたいだ。