いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

窓越しの蝉時雨

ぱちりとスイッチがはいった。

 

意外だった。昨夜寝る前まで、休み明けの仕事のことをあれこれと考えていたはずなのに、一睡して目を覚ますと、気持ちはすっかり夏休みになっていた。

 

ふだん通りにアラームがなり、会社にいく時間に起きた。でも、今日からは仕事に行かなくてもよいのだ。美容院の予約まではまだ時間があるし、二度寝しようかなとも思ったが、なんだかうまく眠れなかった。

 

しかたないので、タイムフリーでラジオ番組を聞き始めた。そうこうしているうちにすっかり目が覚め、私はラジオを流したまま、起き上がりリビングへと移動した。

 

ルイボスティを飲み、スティックパンを齧る。ひげを剃り、服を着替え、ラジオを聞き終わると、文庫本を手に読みはじめた。部屋は閉め切られ、クーラーの涼しい空気が身を包んでいるのだが、精力的な蝉たちの声は、防音性に優れたリビングの窓越しにも聞こえてくる。

 

「なつやすみやなぁ」

 

私はそう独りごち、おもむろにこの文章を書き始めた。

 

今日はこれから美容院で髪を切って、新幹線に乗って、妻と娘の待つ実家へと移動する。妻の話だと、今夜は庭でバーベキューをするそうだ。

 

「なつやすみやなぁ」

 

再びそうつぶやいた。じわじわと嬉しさが染み渡っていく。10日間ある夏休みにおいて、もしかしたら、今この時が一番幸せな瞬間なのかもしれない。

 

もう少しだけこのワクワクに浸るため、再び本を開き、蝉たちの声に耳を澄ませよう。次にこの家に戻ってくる頃には、こんなにも楽しげに聞こえないはずだから。