いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

お利口さんのスマートな就寝

娘がせっせと寝支度をしていた。

 

しかしそれは、おままごとの世界だ。現実世界でももう寝てよい時間なのだが、彼女はなかなか寝ようとしない。ただ、おままごとの中なら、彼女は誰よりもお利口さんになれるのだ。

 

「ぱぱ、これ、おふとん。おふとんに、ねんねしてね。みにおん、じゃないから、みにおんは、だめだよ」

 

娘の遊び部屋と化しているリビング横の和室。私がそこでミニオンのぬいぐるみを枕にして寝転んでいると、娘がリビングからクッションを持って帰ってきた。私は娘の言いつけに従い、クッションの方に頭を置き換える。

 

「もう、よるだから、ねんねしよっ」

 

普段私たちが口にする言葉を娘が繰り出した。現実世界なら嫌がるくせに、おままごとならどこか嬉しそうだ。娘は和室のふすまを全て閉め、“夜”をつくる準備を済ませる。そして再びリビングへと行き、今度はブランケットを引きずりながらに戻ってきた。

 

「ぱぱ、かぜひくから、おふとん、かけてね」

 

そう言って、私の身体にブランケットをかけてくれた。そして自分用のクッションも持ってきて横に並べ、そこに娘も頭を乗せて横たわった。自分にもブランケットをかけ、寝る準備が整う。娘は終始ニコニコとしている。

 

私が娘に「おやすみー」と言うと、娘はあっという顔をして、寝床から起き上がった。何事かと思って見ていると、そそくさと電気のスイッチの方へと駆けていく。

 

「でんき、つけなきゃ、ははっ」

 

寝るときは電気を消さねば、ということらしい。彼女はスイッチを押すことを「つける」と覚えているようで、点けるときも消すときも「つける」と言うのだった。

 

背伸びをして電気のスイッチを押すと、ふすまから漏れるリビングの光以外は無くなり、あたりは暗くなった。この世界における、夜の帳が降りたわけだ。娘は満足げに戻ってきて、再び私の隣に身体を沈ませた。

 

「もうねんねして、またあした、あそぼうね」

 

これも私たちがよく娘に言い聞かせていることだ。寝る前のセリフを完全再現している。普段、意味がわかっていながらも、それでも寝るのが嫌なんだなぁと、少しだけ娘を不憫に思う気持ちが芽生えた。

 

さて、寝に入った娘。この場で本当に寝てくれたら後で寝室に移せばいいので、それはそれでいいなぁとも思っていたのだが、その期待も空しく、ものの数秒で起き上がった。この世界の夜明けは早いらしい。

 

「あさだよ、そろそろおきてー」

 

そんな感じで、娘はなんども電気を消しては寝に入り、すぐに起きては電気を点けた。寝るたび、リビングにいる妻にも「ねんねしてるのー」とアピールをし、“お利口さんごっこ”を楽しんでいる様子だった。

 

そして案の定、現実世界での就寝はいつもどおりに手を焼かされた。ベッドで飛び跳ね、妻にまとわりついて、なかなか寝てくれなかったのである。

 

やれやれ。あのお利口さんはどこへやら。