いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

優しい子

言われないとしないんだから、と妻は言った。

 

いわれないとしないんだから、と娘も真似をする。私は振り返って娘を見た。彼女は両手を腰に当て、いつもの『世話やき幼なじみ風』の佇まいを見せている。

 

「ほら、ぎゅっと、たっちして!」

 

私はふたたび妻の方を向き、差し出された妻の手にタッチした。これでいいかい、と振り返って娘を見る。

 

「たっちだけじゃない、ぎゅっもして!」

 

私は言われるがままに、布団で身を起こす妻を抱きしめた。背中に妻の手が優しく添えられる。それを見た娘はうむ、という感じで頷いて、私の方へと手を伸ばした。

 

私がそれを掴むと、娘は妻に「じゃあね、おやすみねー」と別れを告げる。娘に連れられリビングを去る前に、私は「ちょっと待って」と言って冷蔵庫へと向かった。寝る前に娘にお茶を飲ませたかったのだ。

 

台所には娘が入らないよう柵が取り付けられている。私がお茶を注ぐ間、娘はその柵の向こう側で待っていた。

 

「きょうは、ぱぱとねるの」

 

娘が自分に言い聞かせるように、そう呟いた。今夜は妻の体調が優れないので、一緒には寝られないのだ。さんざん駄々をこねていた娘だったが、最後にはママを気遣い、その方針を聞き入れてくれていた。

 

私はそんなお利口な娘に、そっとコップを差し出した。彼女は両手でそれを受け取ると、ごくごくと喉を鳴らしながらに飲んだ。残ったお茶は私が飲み干す。柵を出て、娘の手を取り、ふたり寝室へと向かった。

 

リビングの扉を閉じる際、娘は再度妻に声をかけた。「きをつけてねー、またあしたねー」。ふたり寝室へと入った。明かりを消すと、娘は声を上げて泣き出した。