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文学パパが綴るかけがえのない日常

浮世の画家

カズオ・イシグロの『浮世の画家』を読了した。
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この本を読み始めた後に知ったのだが、来春NHKでドラマ化するらしい。主人公を演じるのは渡辺謙。ほんとうに楽しみである。

 

今作はカズオ・イシグロの2作目にあたり、私の大好きな作品『日の名残り』の1つ前に書かれたものだ。戦後の日本が舞台となっているが、そこで扱われているテーマは『日の名残り』ととてもよく似ている。

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主人公の小野は画家だ。戦時中、愛国心を扇動する作品を描いたことで地位や名誉を得た。しかし敗戦後、世間は戦争に関わった権力者達への風当たりを強くする。そのことに、小野はひとり苦しみ葛藤する。

 

今作も“一人称による語り”で物語が進行していく。そこには誰しもがやりがちな、過去の美化や正当化、都合の悪い事実の隠蔽やボカシなどが介入する。いわゆる“信頼できない語り手”というやつだ。

 

しかし語りと共に進行する現実、周囲の人達との会話のちぐはぐさ具合から、読者は語りの裏に隠された真実を徐々に知っていくこととなる。

 

自分の過去のことが原因で、娘の結婚は破談になり、弟子達も自分の元を去って行ったこと。そしてそのことに気づいていないふりをしつつも、実はとても気に病んでいること。

 

彼は戦争を煽った過去の作品に対し、間違ったことだったと今では認めているものの、そのときに抱いていた信念と行動には今でも誇りをもっており、自分の行為がある意味では偉大なことだったと、正当化したい気持ちが強く残っていること。

 

そしてそんな過去に対する負い目と過大評価のせいで、現代において世間からの批判を必要以上に恐れているのだが、その実、世間からしたら些細なこととしか捉えられておらず、単なる被害妄想に過ぎないということ。

 

訳者のあとがきで下記のように称されていたが、それにはとても共感した。まさに本作の優れた点を絶妙に言い表してくれている。

 

普遍的で明確なテーマを、いわば現実の陰影だけで浮かび上がらせるイシグロ独特の技法

 

やはりどちらかといえば、私は『日の名残り』の方がより洗練されていて面白いとは思うのだが、今作も素晴らしい作品であることには違いない。現に英国の権威ある文学賞ウィットブレッド賞)を受賞し、イシグロの出世作となった。

 

さて、気づけばカズオ・イシグロ作品は世に出ている8作の内、半分の4冊を読み終えた。出会った当初に得た直感に違わず、読むたび彼のことが好きになっている。

 

残りの作品についても、自分を焦らしながら、ゆっくりと堪能していきたいと思う。

 

それにしても、今作がどのように映像化されるのか楽しみだ。2019年3月に放送。忘れずに見よう。