いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

おてて痛いから

公園に出掛けて簡易テントを張った。

 

妻はテントに寝そべり、娘は枯れ木を踏みしめ獣道を勇み足で歩いていた。私はそんな娘について回り、たまにテントに連れ戻しては、皆で一緒にお菓子を食べた。

 

夕方、まだ遊び足りない娘がひとりテントから駆けだした。私はあわててそれを追いかける。しかし一人で冒険したい娘は(「だいじょうぶ、もうおねえちゃんから!」)、私が近づくと遠い後方を指さし、パパはあそこで待ってて、と私を睨み付けた。

 

仕方ないので私は5mほどの距離をとり、物陰に隠れながら娘の後をついて回った。しばらくした後。娘は早足で階段を上り、石畳の展望台で勢いよくつまづいた。

 

彼女の受け身に申し分はなかった。まず両手をつき、顔を守った。しかし両手が痛かったらしく、そのままの態勢で顔をしかめていた。私はすぐに娘を抱き上げた。両手を見ると擦り切れて、少しだけ血が滲んでいた。

 

私は背中をさすりながら娘を慰めた。娘はなんとか泣かずに堪えていたが、手が痛い痛いとへこんでいた。私は少しでも元気づけようと「手をついて偉かったね」と娘に言った。すると娘は急に得意げになって、「うん、てをついたから、えらかった!」と復唱していた。

 

それをきっかけに公園を後にした。娘は帰り道のベビーカーで深い眠りについた。家に帰り着いた後も、しばらくその上に乗ったまま、夕食ができるまで眠っていた。

 

そして夕食のとき。一眠りしてすっかり気分が回復した娘は、もう痛くもないだろう手の擦り傷のことを思いだした。その後、私に対して甘えた声をだし始める。

 

「おててけがしてるから、ごはんてつだって」

 

そんなわけで昨夜の夕食では、すべての料理を私が娘の口元まで運んだ。娘は満足げに口を開け、女王様のように微笑んでいた。本当は自分で食べたいんだけどさ。ほら、わたし手をケガしちゃってるじゃない?そんなふうに、娘は何度だってしおらしく、その理由を口にした。

 

「ぱぱ、おてていたいから、ちがでてるから、ね」