いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

湯船からの眺め

娘が曇ったレンズのカメラを覗いている。

 

久しぶりに湯船を溜め、水中カメラを持ち込んだのだ。その先には両手にオモチャを掴んだ息子が立っている。今日は子供ふたりとお風呂に入っていた。

 

娘は「かわいいなあ」と言いながら、息子にカメラを向け追いかけていた。息子の方は、そんな姉のことなど気にもせず、オモチャで水面をはたいては、飛び跳ねる水飛沫を邪心のない目で見つめていた。

 

私は子供たちとお風呂に入るのはもちろん、湯船に浸かること自体もとても久しぶりに感じていた。平日は残業後にひとりシャワーで済ませている。今日はリフレッシュデーということもあり、思い切って定時で仕事を切り上げたのだった。

 

客室露天のある旅館に泊まりにいきたい。長らく妻と口を揃えて言い合っている願望だ。しかし息子が産まれて以来はその夢が叶っていない。前回訪れた記憶は、遠く彼方にまで追いやられている。

 

しかし家のであっても、湯船に浸かるのは気持ちがよい。お湯に身を沈めている間は肩こりが軽くなるし、血行が良くなって頭の鈍痛も溶けていく。鼻通りも、喉の調子も改善する。良いことづくしだ。

 

そこに子供たちの笑顔という“絶景”までがあると、なんだかとてつもなく贅沢な気持ちにひたれるのだった。今日がなんでもない水曜日だなんてことも、にわかに信じられなくなる。

 

「とれた、ものすっごくかっこいいよ!」

 

娘が撮った息子の写真を見せてくれた。ピントがずれ、ボヤけていたが、同じアングルの少し後方から眺めたふたりの姿は、私の心に鮮明に残っている。