いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

カートを訪ねて三千里

「あ、あんまんまん」

 

すれ違いざま、娘がもの欲しそうな声をあげた。2、3歳だろう男の子を乗せたそれは、母親に押され、私と娘の横をゆっくりと通り過ぎて行った。


娘は私の腕から身を乗り出して振り返り、その姿が見えなくなるまで羨ましげに見つめていた。

 

*****

 

アンパンマンカート。私はそれを探し求めていた。

 

イオンモールにある子供を乗せる用の買い物カートだ。アンパンマンの他にも、ドラえもんやトーマス、ピカチュウ、プーさんなど、多種多様な人気キャラクターのカートが準備されている。

 

その中でも、圧倒的な人気を誇るのがアンパンマンカートだ。

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子どもがそれに乗りたがるので、必然的にアンパンマンのカートから使われていく。それゆえに、カート自体はよく目にするものの、空いているアンパンマンカートを見つけるのは至難の業なのだ。

 

昨日もイオンモールに到着した時には、カート置き場には2台、ドラえもんとトーマスしかなかった。私たちは肩を落としながら、仕方なくドラえもんのカートに娘を乗せた。

 

娘はドラえもんをまだ知らない。そのため、ハンドルに描かれた青くて丸いキャラクターに特に興味をひかれることもなく、ただ手持ちぶさたな様子でハンドルを掴み回していた。

 

その後、私たちは今度行く家族旅行についての詳細を詰めるため、旅行代理店へと向かった。

 

事務的な手続きは数十分ほどの時間を要すとのことだったので、妻に任せ、私は娘が退屈してしまわぬよう、モール内を連れて回ることにした。荷物もあるので、ドラえもんカートは店に置き、私は娘を抱きかかえて、モール内の散策をはじめた。

 

しばらくぶらぶらしていると、目の前からアンパンマンカートが押されてくるのが見えた。娘が反応するだろうな。そう思った矢先、案の定娘がそれを見つけ食いついた。冒頭で書いたシーンである。

 

そんなことを3回くらい繰り返した。そして私は決意した。よし、アンパンマンカートを探そう、と。

 

それからはとにかく頭と足を働かせた。イオンモールにおけるカート置き場は厳密には決まっていない。ネットにはそう書かれていたのだと、妻が話していたことを思い出した。

 

そうであれば ①カートを乗り捨てやすくて ②あまり人目につかない場所 を探すのが得策であろう。私はそう戦略を立てた。

 

とはいうものの、棚ぼた的に見つかる可能性もある。そのため、まずは現在のフロアにおけるめぼしいポイントを見て回ることにした。

 

入り口、裏口、トイレ前、エスカレータ前、エレベータ前・・・。やはりそう簡単にはいかなかった。空いているカートはいくつか見つけたものの、やはりそれはアンパンマンではなかった。

 

現フロアをくまなく探した後、ついに私は先ほどの戦略を実行に移すことにした。まず向かったのは地下駐車場だ。

 

買い物が終わり駐車場に戻ると、カートは不要になる。①カートを乗り捨てやすい条件を満たすのに最良の場所だ。

 

私はエレベータに乗って、地下の駐車場に向かった。娘が少しごねだしていたので、私は小さな声でアンパンマンの歌を歌った。娘は嬉しそうに私の腕の中で歌い踊り出した。よし、これであと10分は持つだろう。


駐車場に到着すると、そこにカートはなかった。確かに①カートを乗り捨てやすいという条件は満たすものの、②あまり人目につかない場所ではない。

 

乗り捨てて車に向かう人も多ければ、車から降りてショッピングに向かう人も多いだろう。まだ時間は3時頃。これからショッピングをする人もまだまだ多いのだろう。私の明らかなる読み違えだった。

 

じゃあどこだ、どこにある。私は再び思考を巡らせた。その間も、やみくもながらに様々なポイントを探し回った。しかし、アンパンマンカートは一向に見つからなかった。

 

私はイオンモールのフロアガイドを見つめた。①乗り捨てやすくて ②人目につかない。どこだ。

 

②人目へのつかなさ、という観点だけでみると、上位階の方がよいだろう。私たち家族もそこまで上がったことはこれまで数回程度しかない。しかし、そうだとすると①乗り捨てられることも少ないのではないか。

 

最上階の4Fは飲食店フロアだ。多種多様な店が所狭しと並べられている。そんなところでカートなど乗り捨てるだろうか。

 

!!!!!

 

いや、あるかもしれない。私はそのとき思った。

 

ひとつひとつの店は狭い。カートなんて押して入れない店も多いだろう。そしてショッピング後に食事して家に帰る、という家族も多いのではなかろうか。

 

私は娘を抱きかかえ、急いで最上階へと向かった。これが最後のチャンスだ。

 

予想していたとおり、この時間帯では最上階にいる人は少なかった。そしてフロアを見渡した時点で、いくつかの空きカートが目に入ってきた。やはり、このフロアでは店に入る前に乗り捨てられることがあるのだ。


残念ながら目についたカートらはアンパンマンカートではなかった。しかし、ここにならあるかもしれない。私は期待を抱きながら、フロアを端から端へと歩いてみることにした。

 

歩きながらも多くのカートを見つけた。そのたび確認するが、アンパンマンではない。娘も見つけるたび「あんまんまん?」と声をあげるが、それがお望みのものではないと気づくと落胆の表情を浮かべた。


ここまでないかアンパンマンカート。だとすると、乗っている彼らはどこから持ってきているんだ。アンパンマン専用の置き場でもあると言うのか。私は歩きながら、そんな猜疑心にすら駆られていった。

 

ついにフロアの端まできてしまった。結局見つからなかった。私はため息をつきかけた。そのとき、柱の陰に赤いカートが目に入った。

 

私はびくっと身体を震わせ、次の瞬間には娘を抱きかかえ、走り出していた。あれは、もしかすると。

 

カートの前に到着した。娘を下ろし、おそるおそるカートの向きを変えた。

 

「あ、あんまんまん!」

 

娘が喜びの声をあげた。そして嬉々とした表情でカートへとよじ登っていく。

 

こんなとこにいやがって。私はカート前方についた彼の真っ赤な鼻をコツンと叩いた。

 

*****

 

その後、妻から予定が済んだとの電話が来た。私は敢えてカートのことには触れずにそちらへと向かう旨を伝えた。

 

カートの中の娘を見ると、嬉しそうにハンドルを回して遊んでいた。ハンドルについたアンパンマンを押すと、ぷぅと音が鳴った。その音を聞いて、私と娘は笑い声をあげた。

 

妻がいた。私は笑みを浮かべながらカートを押して近づいていった。妻がこちらに気づいた。カートを見て、私の表情を見て、すべてを察してくれたようだ。含みある笑みをこちらへと送り返してくる。

 

「これで立派なパパだね。」

 

二人でカートを押しながら、妻はそんなことを言った。これまでもパパだったさ、と私は思いながらも、なぜだか悪い気はしなかった。

 

そうか、これで私も立派なパパか。そんなことを思いながら、私は赤いカートを見つめていた。