いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

お金にまつわること

昨夜は妻とお金にまつわる話し合いをした。あまり積極的に話したい事柄ではないが、生活をする上ではやはり避けては通れない。

 

うちはシングルインカムだ。しかし物欲の乏しい私たちは、生活を送る上ではそれで不自由を感じない。でもだからといって、贅沢三昧できるかと言われればもちろんそうではない。

 

決して苦しくないけど、余裕があるわけでもない。そんな微妙な状況であるがために、“贅沢”の事柄に対しお金を使おうとしたとき、迷いが生じる。昨日の話し合いの発端もそれだった。

 

いろいろな議論、意識会わせの末、結局は年間の貯蓄目標を明確に持とうという結論になった。

 

手取りの収入額に対して標準とされる割合(手持ちの本によれば10%)の貯蓄を年間で達成すること。それを遵守できるのであれば(もしくはその見通しが立つのであれば)、余ったお金は何にでも使って良い、というシンプルな考え方を導入することにしたのだ。

 

これにより、毎年確実に貯蓄は貯まっていくことになるし、計画に対する実績の評価も明確だ。また年間での計画となるため、月々の管理も容易※となる。

 

※我が家では貯蓄をボーナス時にまとめて行っているため、「年間ボーナス額-年間貯蓄目標額」+月々の給料で、月々の生活が赤字にならないよう管理すればよいということになる。

 

本当は手取り収入の何割という考え方ではなく、ライフプランを立てた上で、娘が何歳の時にいくらの貯蓄が必要だから、という逆算で年間貯蓄額を決めるのが妥当だとは思うのだが、とりあえずはこのような簡易な考え方に基づき目標を設定した。

 

こんな目標でも、あればお金を使う上での判断基準くらいにはなるし、少なくとも(もしかしたらそれで十分ではないにしろ)良い方向には向かう事ができる。

 

このような結論になったことで、話し合いの発端となった“贅沢”については、晴れてお金を使うことがOKという運びとなった。(妻の話を聞いていくと、途中からは“贅沢”ではなく“必要経費”にすら思えてきたのだが、どちらにしてもOKであることに変わりない)

 

できればお金の話はしたくないし、考えずに生活を送れるならそうしたい。しかし億万長者でもないかぎり、そんなことは不可能だ。(そして億万長者になれたとしても、おそらくは同じではないだろうか)

 

だとしたら、夫婦で納得できる形で運用していく他にない。そのためには十分な話し合いが必要となるだろう。そういう意味では、昨夜はとても有意義な話し合いだったのではないかと思う。

 

将来、娘にはお金の心配をさせたくない。ほんとうにそう思う。

 

そのためにも、今日から明確な目標の上で頑張っていこう。