いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

『白い巨塔』と亡くなった兄の話

昨夜、ドラマ『白い巨塔』を全話観終わった。


今回の岡田准一主演のもので、実に6度目の映像化になるそうだ。恥ずかしながら、私は今回初めてこの作品に触れた。過去にもたいへん話題になっていたはずなのに、なぜか今まで素通りして生きてきたのだ。


夢中になって最後まで観た。流石は長年愛される作品、とても面白かった。これまで本作に触れてこなかったことに後悔もしたが、その一方で、自分が仕事や家族を持った状態で出会えてよかった、とも感じた。学生時代に観ても、ここまでの感動は得られなかっただろう。


本作には様々なドラマ要素がこれでもかと盛り込まれている。前半は巨大組織における『権力闘争劇』だ。私はここで一気に惹き込まれた。中盤からは、医療ミスから裁判に巻き込まれ『リーガルドラマ』に発展していく。


その後、裁判の敗訴、重病の発症による権力者の『転落劇』が描かれる。終盤は、死を間際にした主人公を中心に、恋愛や友情、かつての敵役達との『ヒューマンドラマ』が展開される。


そして最後は、医者として、プロとして、ひとりの男としての生き様が描かれる。財前五郎の生涯を綴った『伝記』のような様相を呈しながら、物語は幕を下ろす。


なんとも総合的なエンターテイメントだろうか。これらいくつかの要素、あるいはひとつの要素だけを抜き出しても作品がつくれそうだ。しかし、このドラマでは贅沢なことに、これだけの要素がひとつの物語に盛り込まれている。多くの人が賞賛するわけだ。


さて、話は少し変わる。

 

このドラマを観たこととは、なんの因果もなく、たまたまの偶然に過ぎないのだが、昨日は兄の命日だった。


兄も医者であり、血液の癌であるリンパ腫で4年前に急死した。まだ20代で医者としても働き盛りだった。体調不良になり、試しに勤める病院にて検査をしてみたところ、病気が見つかり、急遽入院することとなった。


その後、抗がん剤治療がはじまり、私がドナーとなって移植手術も行ったのだが、医師達の尽力も空しく、数ヶ月後に亡くなってしまった。もう覚えていないほどに長い病名がついた。聞くところによると、極めて珍しい種類のリンパ腫だったようだ。


たくさんの人を救ってきた医者が、こんなにも早く死ぬなんて。ドラマでも描かれていた世の中の不条理を、私たち家族もそのとき感じていた。それと同時に、現代の医学をもってしてもどうすることもできない病気が、まだ存在するのだという事実も痛感させられたものだ。


偶然ではあったが、命日である昨日にこのドラマを観たことで、当時のことが思いだされ、亡くなった兄に対していろいろと思いを馳せることができた。


得てして、ドラマなどで医者は悪く描かれることが多い。しかし兄は患者のために身を粉にして働いていたし、同じく医師である父も、還暦を過ぎた今でも、地元九州で日々手術や治療に明け暮れている。


私は家族の関係で、小さい頃から医療人と関わることが多かったが、少なくとも私のまわりにいた医者達は、皆が立派な志をもった、誠実な人達ばかりだった。


このドラマを観て、改めて医師という人達に対して敬意を抱いた。おそらくは、金や権力といった汚い世界もあるのだろう。しかし、それ以上に、彼らは日々ひとりでも多くの命を救うため、尽力しているに違いない。


最後に主人公も綴っていたが、これからの医療が発展し、多くの人が救われる世界を、私も切に願っている。