いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

夜のゆかた祭

浴衣を着るとそれだけで志気が上がる。なぜだろう。

 

昨日は、夕方から『梅田ゆかた祭』に行ってきた。妻と私は浴衣に身を包み、娘は甚平を着た。人混みを歩くので下駄はやめ、各々にサンダルを履いて出かけた。

 

これで何度目かの参加となるが、例年この『梅田ゆかた祭』は、そこまで参加者が多くない。それゆえに、梅田に向かう途中、ほとんど浴衣の人を見かけないので、何度も不安な気持ちにさせられてしまう。

 

会場付近まで来ると、さすがに何人か浴衣の人を見かけた。私も妻も一安心。日時を間違えていたわけではないのだ。時間通りに来たのですぐに盆踊りがはじまる。しかし古風な音楽が流れ、娘が露骨に退屈そうな顔をしたので、先に縁日ブースへと遊びに行くことにした。

 

そこでは、娘がふたつのゲームを体験した。ひとつめはピンボール。いくつかの球を弾き、盤に空いた穴に3つボールを落とせば景品がもらえる。娘は見事に4つの穴にボールを入れ、ひょっとこのお面を手に入れた。

 

しかし、ひょっとこの顔が怖かったのか、娘はそのお面に触ることさえ嫌がっていた。

 

ふたつめはコイン落とし。水の入った水槽の中に器が置かれており、上から落としたコインが1つでもその中に入れば成功だ。ただ、3つのコインを落とした娘だったが、残念ながら、それは失敗に終わってしまった。

 

その後、コンビニで夕食を買うと、私たちは再び盆踊りの会場へと戻った。三部構成のイベントは第二部へと移っており、少しずつだが、若者向けの内容へとシフトチェンジしているようだった。私たちは舞台からちょうどよい距離の階段に腰掛け、そこで夕食を食べた。

 

食事を済ませると、日は沈み、あたりは夜の様相を呈してきた。キラキラとした都会の夜が新鮮なのだろう。娘はどこか高揚感を漂わせながら、私たちの目の届く範囲で楽しそうに遊び始めた。

 

私と妻はそんな娘のことを気にかけながらも、見るでもなくぼんやりと、都会の真ん中で踊る人達を見つめていた。焼けたアスファルトから立ち上る熱気で、夜風はぬるくべったりとしていたのだが、浴衣から覗く首元で受ける風は、なぜだか不快には感じなかった。

 

盆踊りは第三部に入り、DJミックスされた流行歌が流れ始めた。いつのまにか、輪になり踊っている人達は若者が中心となり、さながらクラブのような趣を帯びていた。私も、知っている曲が流れるたびに口ずさみ、自然と身体を揺らしていた。

 

娘も更に喜び遊んでいる。さっきはあんなに嫌がっていたひょっとこのお面を、今では嬉しそうに手に取りおどけた表情を見せている。彼女が動くたび翻る甚平の端が、まるで音に合わせて踊っているかのようだった。

 

野外で音楽を聴くのは気持ちいい。フェスが好きだという人たちは、こういう気持ちなのかもしれないな。そんなことをふと思い、機会があれば家族で行ってみたいという気持ちを抱いた。

 

生ぬるい風に吹かれながら、それでもどこか涼しげな気持ちに包まれ、私は音楽に耳を澄ませた。あんなに大きな音で鳴っているのに、私は穏やかな気持ちで静けさすらを感じていた。

 

隣に座る妻も、微笑みを携え踊る人たちを見つめている。提灯の赤で染まったその横顔は、気持ちのよいこの夜の雰囲気に、不思議なくらい溶け込んでいた。娘も相変わらず、甚平の端と一緒に踊っている。

 

いい夜だ。私は嬉しくなり、少しだけ目を見開いた。この風景を、もう少しちゃんと、見ておこうと思った。