いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

専業主夫

妻が入院し、私と娘ふたりでの生活がはじまった。

 

救いなのは娘が案外けろっとしていることだ。病院に行けばママに会えるので深刻には捉えていないのだろう。

 

朝ご飯を準備し、娘に食べさせ、洗濯をし、身支度を済ませ、妻へと持っていく物品(着替えや化粧品など諸々だ)を用意した後に家を出た。ドラッグストアで追加物品を購入し、自転車で病院方面へと向かう。

 

面会開始の時間が来るまで、近くのカフェに入って娘に昼食を取らせた。時間がきたので病院へ。病室に入ると、妻は弱々しいながらも笑顔で我々を迎えてくれた。

 

「お腹の赤ちゃんは元気だって」

 

自分の身はボロボロなのに、なにより先にそう報告してくるのが実に妻らしかった。石けんで手を洗ったのちに、点滴が刺されていない方の手を優しくさすった。

 

ゆっくり妻と話をしたかったのだが、娘がすぐさま退屈し、騒ぎはじめた為、近くの公園へと遊びに出ることにした。結局は1時間半ほど外で遊ぶこととなった。

 

途中、会社から引き継いだ仕事に関する連絡があり、想定外の事態が起きて、先輩に迷惑をかけてしまったことがわかった。そのことで電話を切った後もしばしモヤモヤを引きずってしまう。ただ考えたところで仕方ない。先輩を信じ、自分は家族のことに集中するしかない。

 

専業主夫として、たった一日生活を送ってみただけだが、外での仕事との違いをありありと感じた。外での仕事が「攻め」だとすると、家での仕事は「守り」だ。

 

晒されるストレスの種類が違う。どちらも違った大変さがあり、どちらが欠けても家族の生活は成り立たない。

 

公園遊びを切り上げて、ふたたび妻の待つ病室へと戻った。妻は本日の別れが近いことを悟り、できる限り私に手を繋ぐよう求めた。妻の手はこんなときでもさらさらとしてて、親指で撫でていると心が落ち着いた。

 

案の定、早くも娘が家に帰りたがったので、夕暮れが来る前に病室を出ることにした。明日もくるよと伝えて、ゆっくりと扉を閉める。またすぐに会いに来られる。そう思うことで、寂しい気持ちをぐっと飲み込んだ。

 

帰り道、自転車のベビーチェアに座りながら、娘は遅めの昼寝に入った。信号で止まるたび、私は娘に巻きつけてあったブランケットを手で直した。目の前の赤信号を眺めていると、こめかみの辺りに鈍い痛みを感じた。

 

泣き言が浮かびそうになったとき、信号が青に変わった。私は強くペダルを漕いで、再び自転車を走らせた。