ポール・オースター『ムーン・パレス』再読。
これで読み返すのは3回目になるだろうか。どっしりとした長篇なので、向き合うのには気合いがいる。しかし読み始めると、惹き込まれるようにその世界へと入っていける。
ここのところ私の読書熱は下降気味であった。ひとり暮らしで読書するには打って付けの期間なのだが、これぞという本に巡り会えず、結果ドラマや映画ばかりを観て過ごしていた。
そこで手に取ったのがこの本であった。そういうときは信頼を寄せる作家、間違いのない作品の再読に限る。読み始めると期待通りの効果を生んだ。読書にあてる時間が、少しずつ以前に戻り始めたのだ。
やはりオースターの書く文章と物語は格別だ。本を読む喜びを取り戻すのに、数ページもかからなかった。身体中の細胞に文学的幸福感が染み渡っていくのが感じられた。ここ数週間、自分に不足していた養分だ。
村上も語っていたが、オースターの文章は音楽的である。心地よいリズムが、入り組んだ物語を軽快に読み進めさせてくれる。物語自体も常に読者の想定の先を行き、そのことで次へ次へとページを捲らせてくれるのであった。
この本は『青春小説』の傑作だと言われている。が、未来に希望を抱いているまっさらな若者には、その良さが伝わりにくいかもしれない。ある程度酸いも甘いもを経験した後に読むことをお勧めしたいと思う作品だ。
偶然の連鎖で物語が展開していき、その結果驚きの真実が明らかになるのだが、そこにご都合主義は一切感じられない。語り口と人物描写に説得力があるため、その奇跡的な展開をすんなりと受け入れることができるのだ。
このオースター初期の傑作は、今後も読み返すことだろう。すでに文庫本はボロボロになりかけているが、そのぶん愛着も湧くのだった。