いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

満ち欠けの随に

第一幕 第一場
パジャマ姿の父登場。

 わたしはこれから月を目指そうと思おておる。ついていきたいと申す者はおるか。

 わたしも行きますわお父様。なにせ今日はあいにくの雨模様。どこに行くこともできず、家の中でぷらぷらと、手持ち無沙汰でありましたもの。

 行けるものならわたしも行ってみたい。しかし貴方、どうやって月に行けるというのです?いきなりそのような荒唐無稽なことを仰っても、まったく信憑性がありませんわよ。

 そう言うな家内よ。よし、ふたりとも一緒に行きたいと申したな。ではひとり残すわけにはいかんから赤ん坊も連れて行くこととしよう。さあ、ロケットに乗り込むぞ。皆の者ついてまいれ。

 

第一幕 第二場
父、母、娘、母に抱えられた息子登場。

 

 ここにロケットがありますの?そのようなものはどこにも見当たらないように思いますが。

 なにをいう。それじゃ。それに乗って月へと行くのじゃ。

 なんですのこれ?ただの座布団じゃない。こんなもので月に飛んでいけるとでも言うの、お父様?

 まさしくそうじゃ。そこに座っているだけで皆で月にいけるぞ。時間にして丸二日。そうすれば今いるこの土の上を離れ、月に到着しておるわ。

 二日もかかりますの?すぐに着くと思っていたのに。そんなの我慢できませんわ。

 たしかに距離はありますが、なにもそんなリアルな設定にせずともよいのではありませんの?

 なにが設定じゃ。本当に我らは月に行くのだ。まずは日の前を通過する必要がある。そのために二日は時が必要となるのじゃ。

 貴方、それはおかしくありません?月は太陽よりも近くにあるはず。陽の前を通過するだなんて、それは位置関係が現実離れしております。

 なにを言う。言い間違えなどしておらぬわ。日を通過せぬことには月へは行けぬのだ。さあさ、乗った。早く行くぞ。まあ、急いだところで到着時間は変わらないのじゃがな。

 二日もかかるならわたし行くのやめますわ。この座布団の上で二日も過ごすだなんて、考えただけでもお尻が痛くてかないません。

 もう遅い。お前の意思など関係なく、我々はもう月へと向かってしまっておる。もはやどうやっても止められない。まあ最初から、我らには止められやしないだがな。はっはっは。

 貴方、いったいなんの話をしているの?ただのお戯れだと思っておりましたが、もう何が何だか。

 言葉のままだ。私は今立っているこの土を離れ、日を通り過ぎた後、月をめざす。それは誰にも止められない。そう申している。

 それが何なのかとお尋ねしているのです。

 嘆いているのがわからぬか。お主も洒落が通じぬ奴よのお。

 どういうことでありますの?お父様教えてください。

 今日が土曜、明日が日曜、そしてその次が月曜じゃ。今日は一日パジャマ姿でなにもしなかった。しかし悲しいかな、時は刻々と刻まれ、我らは忌まわしき月曜に着々と進んでしまっておるのじゃ。ゆえにわたしはその苦しさから、自らの意思で“月に向かう”と息巻いてみせたというわけだ。はっは。


 とてつもなくしょうもないわ。

 聞いて損した。

 ここまで読んだ者も同じ感想をもっておるじゃろう。内容のなさを隠蔽しようと、今回は戯曲をあしらって書いてみた。最近シェークスピアを読んだので、一度書いてみたくなってな。はっはっは。

 つきあっていられないわ。[退場]

 わたくしも。[退場]

 いっときの退屈しのぎにはなった。しかしまた時が過ぎてしまった。月がより近づいた。我らが月から逃れる術は無いのか。生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だと言うが、どちらにせよ月が迫りくるのは止められやしない。わたしたちは無力だ。

幕引きの音楽と共に父退場、暗転。