いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

芝生の上を駆けまわる

ふくらはぎに重みを感じる。

 

すねの方は草負けでむずがゆく、日焼けしたほっぺはヒリヒリと熱をもっている。全身を包む疲労感はとにかく私を地面へひれ伏させようと強要してくるかのようだ。

 

それでも今日は楽しかった。朝起きたときに思い描いていたイメージ通りではなかったものの、疲労感と引き換えに大満足な時間を子ども達と過ごせた。

 

今日は昼から近所の緑地公園を訪れていた。芝生のうえにテントを張り、そこに寝ころびながら牧歌的な一日を過ごす予定だったのだ。

 

しかし実際には、思っていたよりも日差しがつよく、秋というよりは夏の出戻りを感じさせられる気候であった。それでも芝生の上にシートを敷き、たまに吹くそよ風だけを頼りに、昼ご飯をすませた。

 

よし、それでは遊びに行こう。虫取り網を握った娘と一緒に腰を上げて歩き始めた。しかし、すぐに娘が声をあげて向こうの方へと駆けていく。仲の良い娘の友達家族と遭遇したのであった。


そこからは当然の流れで子供たちが一緒に遊び始めた。親同士も顔見知りでこれまでも交流があったので、すんなりと合流する。こうなれば牧歌的な一日などは頭から拭い去らなければならない。

 

向こうも子供がふたり。どちらともよく遊んでいたのでいつもの感じで親しげにコンタクトをとる。私はたまに会う愉快なおっさんだと認識されているので、すぐさま遊び始めた。彼女らの前では私もついつい張り切ってしまうのだった。

 

ボール遊びに虫取り、だるまさんが転んだ、氷鬼、吊り橋じゃんけんに自転車乗り...。相手が年中さんともなるとなかなか付き合うのにも体力を使う。

 

夕方のチャイムとともに帰路についたが、家にかえりつくと大人達はヘトヘトになっていた。それでも子供らはまだまだ元気いっぱいで、娘にいたっては家の中でも遊ぼうと私にせがんできた。体力の面では、既に娘に追い抜かれているのかもしれない。

 

それでも身体を包むのは嫌な疲労感ではない。残業したあとの平日のそれとは違い、明日に繋がる充足感も一緒に得られているからだ。

 

この文章を書いている途中、息子がめそめそとすり寄ってきたので抱っこしてあげた。すると私の胸に顔を押し当て、彼はすぐさま寝息をたてはじめた。

 

思えば彼も今日一日、元気いっぱいに歩き回っていた。さぞかし疲れたに違いない。今夜はたっぷり寝るんだよ。穏やかな寝息を感じつつ、彼の長いまつげをしばし見つめていると、自身のまぶたにずしりとした重みを感じた。私も早く布団にはいろう。