いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

A面/B面

【サイドA】

 

窓から後方に流れる海を眺めた。

 

クライアントに会いに東京に赴くのにもだいぶ慣れた。新幹線での移動は、億劫というよりも何をしようかという高揚感の方が大きい。

 

車両の先頭席を予約することが多い。他の席と比べて足が伸ばせるからだ。前面から引き下ろしたテーブルの上には、飲み終えたカフェオレのカップと栞を挟んだ文庫本、そしてたまに通知を確認している業務用iPhoneが置かれている。

 

クライアント説明の予習は先程済ませた。パソコンを開くと酔ってしまうので、自宅から出る前に資料をPDFにした上でスマホから見られるサーバー上に格納した。おかげで、移動中でもスマホを見ることで資料を確認することができる。

 

耳元では、先程まではラジオを聴いており、今は昨夜ダウンロードした新譜アルバムを流している。小説を読む上で邪魔になるかとも思ったのだが、思いのほか喧嘩せずにBGMとしても機能してくれた。今朝届いたばかりの文庫本の小説も期待通りに面白く、気を抜いたら一気に読み切ってしまいそうだ。のめり込むのは仕事を終わらせてからにしなければ。

 

再び窓に視線を移す。青空は薄暗い灰色の雲で覆われていた。なんだか私の心境を表しているかのようで、少しぎくりとした。緊張しているわけではないのだが、やはりクライアントミーティングの前は少しそわそわしてしまう。最善をつくして資料は作ったが、先方がそれに対しどんな反応をするかまでは読めない。

 

しかもプロジェクトは終盤に入り、話は最終報告に向けた核心部に触れ始めた。先方からも今まで以上にヒリヒリ感が伝わってきており、故に厳しい要求がいつ降り掛かってきたとしてもおかしくない状況なのだ。

 

とはいえ資料は既に先方に送っているので、今更できることは少ない。丁寧に説明を行い、返ってきた反応に真摯に耳を傾け、最善と思える回答を述べて、プロジェクトを進むべき方向へと導けるよう努めよう。

 

【サイドB】

 

文庫本をテーブルに置いた。少しは酔いが覚めてきた。さっきまでスマホの小さな画面を見つめ、乗り物酔いを催していたのだ。

 

窓の外は漆黒に包まれている。流れていく街灯の光もどこか足速に去っていくようだ。予定より2時間遅れで乗った新幹線は、次の目的地の京都を目指し飛ばしている。ひとつ席を開けて隣に座る両脇のサラリーマンふたりは、どちらも首をうなだれて眠っている。

 

クライアントミーティングはうまくいった。少し心配していたパートも、前日にギリギリまで粘って練り上げたロジックが先方にも通用した。ほぼ手直しなしで私の案が採用された。コンサル冥利に尽きる瞬間である。世の中で誰も答えを持っていない事柄について、論理的に考えを述べて納得させるという力技である。

 

そんなわけで提案は思った以上に円滑に進んだが、一方で、先方側のメンバー達が興に乗り、議論が盛り上がり過ぎるという事態となった。ミーティングの終了時間はみるみる伸びていき、ミーティング後のアフタートークも相まり、先方の会社を出たのは予定よりも2時間も後になってからだった。

 

上司達と別れると、帰りの新幹線を予約した。この時間帯は混み合っているのか、選んだどの車両も窓側席が取れなかった。仕方がないので3人席の通路側の席にする。真隣に誰かがいなければそれでいい。

 

来週のミーティングに向けてもやることは多いが、帰り道ではそれを考えないようにしている。また明日早起きをして考えよう。新幹線での帰り道は、とにかく頑張った自分を労う時間なのだ。

 

そろそろ京都に到着する。降りる新大阪まであと一駅。そろそろ靴を履き、荷物の整理を始めようか。