そのため息は、妻の口からふいにこぼれた。
みんなでお風呂に入ろうと、脱衣所あたりに集まっているときのことだ。
会社から帰ったばかりの私は、仕事終わりの開放感と、家族とふれあえる喜びに、(毎度のことだが)テンションがあがっていた。
娘もパパが帰ってきたことにはしゃぎ、かまってかまってと私について回っていた。当然、私もそれが嬉しくて、娘の要求には気前よく応えていく。
私と娘は、言うなれば「ひゃっほう!」状態だった。もはやそうとしか言い表せない。ドメスティック・ヒッピー。家庭内パーリーピーポーと化していた。
そんなとき、ひとりせっせとお風呂じたくをしていた妻の口から、大きなため息がこぼれることとなる。
そのため息は、とにかく雄弁だった。
音としてはただの「はぁ~」なのだが、妻の抱いている気持ちを察する上では、十分すぎるほどの情報量を備えていた。
『パパが帰ってきてやっと一息つけると思ったのに・・これじゃ子どもが二人に増えただけだわ・・』
『私の言うことぜんぜん聞いてくれないし・・いつになったらお風呂に入れるんだろう・・』
『なんで二人して半裸で踊ってるの・・ここは無法地帯?治外法権?』
おそらくはそんなことを思っていたことだろう。とにかく私はそのため息だけで、サイコメトラーよろしく、妻の心の声をいろいろと読み取ることができた。
「あの、いまのため息・・・」
私は意を決して、妻にそのことを尋ねてみた。
「え、あ、ごめん、大きかったね、ははは」
どうやら妻も無意識のうちにこぼれたらしい。となると、なおさら心の声が表れていたというわけだ。
私は猛省し、とにかく娘とお風呂じたくを急いだ。