いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

人間ドックはされるがまま

人間ドックに行ってきた。

 

もはや毎年の恒例行事である。安心して一年を過ごせるための、お参りのようなものだ。

 

去年と同じ会場なので勝手がわかった。ドック専門のクリニックのため、中の案内もスムーズである。私は言われるがままに機械的に動き、ただただ検査をこなしていく人形と化した。

 

検査を受けていると、色々な考えが浮かんでくる。気が抜けているのでどれも幼稚なものだ。

 

たとえば、採血が終わり針が抜かれた際、刺していた箇所から一瞬、血の玉が浮かび上がってくるのが見えた。そうか、細い針とはいえ身体に穴があいたんだもんな。看護師さんにガーゼを当てられ、三分ほど抑えているよう言われる。人間の身体は凄い。あいた穴も、三分抑えているだけで自然と塞がってくれるのだから。

 

バリウムを飲んで胃の検診をしている際も、豪快に動く大がかり機械に翻弄されながら、私はこんなことを考えていた。この検査方法、そしてこのアクロバティックな機械を思いついた人は、どれほど本気だったのだろうか、と。

 

素人の私からすると、発想はわかる、とは言いたい。わかるよ。白いの飲んだら胃の形がわかるもんね。でもそのためには胃にまんべんなく白いの付着させなきゃならない。どうしようか。そうだ。大きな台に乗せて、その台の上でぐるぐる回転してもらったり、台ごと動かしたりして、胃の中で液体をかき回せばいいんだ。

 

わかる。わかるよ。でも、よくそんな馬鹿げた発想を、本当に実現させてしまったものだ。そんなアバンギャルドな台をつくり、ぶっとんだ検査をするなんて。誰も笑わなかったのかな。

 

そんなことを、上下逆さまになりながら私は考えていた。今では当たり前に皆がやっている検査だが、改めて俯瞰で見ると滑稽でならない。

 

それでも無事に検査は終了した。ダイエットしてたはずなのに去年よりも体重が増えていた。妻に怒られた。結果は一ヶ月後に届くそうだ。