いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

夜明けの運動会

娘の疾走感を最前列で体感した。

 

今日は娘の幼稚園最後の運動会だった。かけっこではダントツ一番、リレーでも他の走者を追い抜いた。組体操も見事に成功し、練習していたダンスもキレがあった。

 

天候にもすこぶる恵まれ、これ以上ないほどの運動会日和であった。友人家族とベストポジションにシートを並べ、和気あいあいと子供たちを応援できた。

 

運動会が終わると、子供達はふたたび校庭を駆け回り始めた。そんな彼女らを眺めながらも、私はポールに寄りかかり、重い瞼をなんとか開いているような状況であった。

 

長一日であった。ついに役目を果たしたのだ。

 

昨夜、運動会の場所取りのための順番待ちは『前日の夜9時』から並んだ。当初の予定よりもさらに前倒しされたのだ。仲の良い家族のパパが8時過ぎにもう並びに行ったとの連絡が入り、妻から私も追いかけるよう、暗に促されたのである。

 

現地に到着すると、まっくらな校門前の先頭に、ぽつんと友人パパが陣を取っていた。やはりこんな狂った時間から並び始める輩は、我々以外にはいなかった。結局、深夜0時頃に三番手の方が来られるまでの3時間は、我々ふたりだけの時間であった。

 

ただこの時間はとても楽しかった。もともと興味を寄せた、気の合うパパだったので、いつかじっくりと話を聞きたいと思っていたからだ。仕事の話から、家族の話、はたまた妻とのなりそめ話まで会話は発展し、おおいに盛り上がり、ふたりの距離も縮まった。

 

最後の方はふたりして立ち上がり、夜空を見上げながらに、こんなやり過ぎた運動会の場所取りしている自分たちの狂気について、面白おかしく語り合い笑い合った。浅くない絆を結べたような喜ばしい感覚を得ることができた。

 

その後、後続の人が現れてからは、0時も過ぎたこともあり会話をやめ、それぞれ寒空の下で出来る限りの暖をとり、朝日が昇るのをただただ待ち焦がれた。

 

友人は寝袋をもってきていたが、私はなかったので、持ってきたありったけの毛布やホッカイロで身体を温め続けた。結局一睡もできずに朝を迎えたが、特に深夜3時から朝6時にかけての凍てつく寒さが最大の試練であった。

 

ただなんにせよ、私は生きて朝日を迎えることができた。明けない夜はない。その言葉を真の意味で実感できた瞬間であった。

 

運動会終わりの帰宅後は、お風呂に入り、昼食を食べ、すぐさまベッドで寝かせてもらった。体調も崩さずにミッションを終えられたので、得られた貴重な体験と話のネタ、友人パパとの絆だけが後には残った。

 

そしてもちろん、最前列でばっちり収めた娘の運動会での活躍と、弾けんばかりの笑顔も。妻にも感謝され、パパとしての役割も無事に果たせてよかった。