いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

娘とドラえもんの映画

昨日から公開されたドラえもんの映画を観てきた。

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感想は大人でもわりかし楽しめた。やっぱり藤子・F・不二雄の原作のある映画は作りが秀逸である。現在の大河ドラマ『どうする家康』の脚本家が本作を担当しており、毎週見ている見慣れた名前が現れて少し意外に感じた。

 

序盤で描かれる小さな伏線たちが、終盤でいろいろと回収されていく様に小気味良い快感を覚えた。子ども向けとは言え、こういう小技が効いていると、一本のパッケージとしての評価が上がる。古き良き慣わしだろう。

 

2時間あまりの大作だったが、6歳の娘は寝ることもなく最後までまっすぐスクリーンを見つめていて安心した。ドラえもんが涙したシーンではもらい泣きをしそうになったようである。

 

ただストーリーを説明してみて、と言うと、それはできないと言うことだった。やはりストーリーやメッセージを理解するにはまだ少し早いのだろう。それでも長らく観たいといっていた映画を観られて、とても満足そうだった。

 

実は私も途中のベタなシーンで涙を滲ませてしまった。ユートピアで生活を続けていくと、いずれ誰しもが完璧人間になれる。ただ、心の無い完璧人間なんかよりも、たとえ欠点があったてしても、元のままの友達が好きなんだ。そんなのび太の涙ながらの訴えに、思わずほろりときてしまったのである。

 

とはいえ、そこはやはり子ども向けの映画。その前に観たスラムダンクの映画と比べると、途中で欠伸をしてしまう時間帯もあった。ただそんなときは隣に座る娘の表情を隠し見て、ギャグシーンのたび小さく笑う彼女のことを、愉快な気持ちで眺めていた。

 

映画が終わると、娘を軽く抱きしめ、いまのままの君でいいんだからねと、この映画で私の受け取ったメッセージを自分なりの言葉で彼女に伝えた。娘はポカンとしていたが、これは私がやらずにはいられなかっただけなので、別に構わない。

 

我々の映画鑑賞よ間、息子と妻は近接のモールでショッピングをしてもらっていた。ふたりと合流し、その後はモール内のお店でディナーを食べた。

 

春の気候も相まって、なんだか暖かい一日だった。