いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

隔離生活

浴衣や甚平に身を包んだ子供たちが出掛けていく。

 

私はそれをマスク姿で見送った。今日は梅田でゆかた祭りがあったのだ。本来は私も一緒に参加するはずだった。その際は我々大人も浴衣に身を包んで。しかし私はコロナに感染したためお留守番。妻は私服で子供らを連れて行った。

 

今日も相変わらず熱はないものの、風邪症状が治りかけなのか、痰がでたり、鼻水がつまったりと、不快な状態が続いてなんだか気力が起きなかった。ゆえにほとんどの時間をベッドで横になって過ごし、またそのほとんどを睡眠にあてていた。

 

昨日、一昨日と、仕事をこなしていた際よりも体感ではしんどく感じた。やっぱり仕事はある程度没頭させられるので、何か嫌なことから意識を遠ざける上では案外役に立っているのかもしれない。

 

夕方近くに子供らが帰宅した。とたんに家の中が賑やかになった。短い間だったがテレビ電話で妻が繋いでくれ、同じ家にいるのに、画面越しに子供らと会話した。ふたりともとてもニコニコしていて、浴衣まつりにあったことを銘々に共有してくれた。

 

その後は、私はひとり寝室にこもって過ごしていたが、娘の明るい声にまた癒やしをもらった。今日はお風呂掃除に挑戦させてもらえると張り切っており、声にだして「やったー」とか「うれしい」とか「がんばるぞー」とか言っていて、プリキュアとかのど真ん中にいる主人公みたいな性格してるなあと、愉快な気持ちになった。

 

息子の方は、私が姿を見せない生活にも既に慣れ始めているようで、会話相手にはもっぱら娘を選んでいつも以上におしゃべりをしているようだ。ふたりのラリーに耳をすませていると、前よりもずっと会話がなりたっており、ふたりの絆も深まっているように、声からは感じた。

 

ふたりが寂しがっていないのは、妻が私のいないぶんまで子供の世話をしてくれているからだろう。定期的に妻が子供らを叱りつける声が聞こえてくるので、容易いことではないのだろうが。

 

さて、明日で一応は発症から5日目。なので少なくとも明日まではこのような隔離生活を続けなければならないだろう。なかなか寂しい辛抱の時間だが、本を読むなどしてできるだけ有益に過ごせるようにしたい。