いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

月に帰らないで

「もういい、パパ、月に帰るわ」

 

子供らが私とのロボットごっこの順番争いで喧嘩を始めたので、唐突なSF設定をぶっこみ、その場を和ませようと試みた。

 

すると、予想に反して娘が目に見えて狼狽し始めた。ダメダメダメっと大騒ぎして、懇願するように私の身体にすがりついていた。

 

「パパ〜かえらないでぇえぇえ!!」

 

面白かったので私は静かに天を仰ぎ見てパァーという効果音を発しながら空からの迎えを待つポーズをとった。それを見てさらに娘が叫び出す。目からはボロボロと涙を流しており、もはや号泣といえるレベルであった。

 

すると、その様子に只事ではないことを察したのか、息子の方も取り乱し泣き始めた。訳もわかっていないだろうに「パパ、かえらないで」と連呼する。

 

そんなわけで、私は月には帰らず、地球に残ることにした。この子達をおいて月になんて帰れない。彼らふたりを抱きしめ、なんとか落ち着かせた。

 

それにしても、唐突な私のSF発言の意味を娘は理解していたのだろうか。私は話せるようになった娘に聞いてみた。すると、やはり彼女は意味がわかっていなかったようだ。ただパパがどこかに行ってしまうというのはわかり、それが寂しかったということだった。

 

悪いことをしたなと思いつつも、嬉しい気持ちも抱いた。月に帰る、というイメージを共有するため、テレビで一緒に映画ETの最後シーンを観た。正確に言えば月ではないかもしれないけれど、こんな感じで宇宙に帰るイメージだったんだよと、なんのこっちゃわからない説明をした。

 

娘はETの風貌を凝視し、月には本当にこんな人がいるの?と、また別の驚きに包まれていた。なんとも素直で可愛いやつだ。そんな夏休みの初日を過ごした。