いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

いい湯だな

新しい家に住み始めて、違いを実感するのがお風呂だ。

 

前のマンションより一回り大きくなった。おかげで足を伸ばしてゆっくりと入ることができる。

 

毎日その瞬間がささやかな楽しみだ。ざぶ~んとお湯に浸かり足を伸ばす。するとみるみる全身が暖まり、幸福感が駆け登ってくる。

 

このお風呂になって以来、どうやら娘もお湯に浸かるのがより好きになったようだ。これまでも嫌いというわけではなかったのだが、前よりもじっくり浸かりたがるようになった。

 

入浴のスタイルが変わったというのもひとつの理由だろう。私が足を伸ばせるようになったことで、私のお腹から胸までをリクライニングチェアーにみたて、そこに娘を寝かせるように座らせている。(もちろん両手で支えているので顔は浸からない)

 

優雅なチェアーに寄りかかり、娘は「むふー」と気持ちよいため息をもらす。暖かいお湯が全身を包みこむので、さぞ夢心地ではないだろうか。(パパのお腹もやわらかいし)

 

私が立ち上がって浴槽から出ようとすると、娘は「だめっ」と言う。もう少しこのままで、という意味だ。昨日も最後お風呂からあがるとき、10秒数えてから出る約束が結局は30秒数えることになった。(10秒→もういっかい→10秒→さいご→10秒)

 

思えば私と妻は温泉宿によく泊まっていた。お風呂という癒やしを潜在的に求めていたのだろう。その気持ちよさを毎日家で味わえて、とても幸せな気分だ。日本人でよかったなぁ。ふと、そんなことまで思ってしまった。

 

うちのマンションはエコキュート搭載でお値段も安いらしいので、ケチケチせずにお湯はたっぷり使おうか。なんて、そんなまったくエコではない考えも頭をよぎった。でもせめて冬の間くらいはいいかもしれない。

 

なんにせよ、日々のささやかなる楽しみができた。おもわずドリフの歌でも口ずさんでしまいそうだ。