いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

ちょきちょき

患者が診察室へと運ばれる。

 

私が患者だ。娘は愛用する医療セットを、私が寝そべるせんべいぶとんの脇に置いた。それを開け、中から診察道具をいそいそと取り出していく。

 

娘はまず聴診器を耳につけ、私の胸へと押し当てた。「かぜじゃないなあ」と独りごち、続いて体温計を取り出す。私の首元へと差し込み、しばし待って顔の前までそれを持っていく。「ねつも・・・ない」

 

次は注射だ。私が腕を伸ばすと、「こわくないですからね」と言い、娘は勢いよく注射を刺した。圧をかけて最後まで指で押し込む。私が痛がってみせると、「もうだいじょうぶですよ」と慌ただしくも声を掛けてくれた。

 

ちょきちょき。

 

最後は薬を処方する。「これをのんでくださいね」そう言って娘は、赤い小さなボトルを手渡してきた。私はそれを受け取り、ぐいっと飲み干してみせる。

 

「はい、おしまいですよ」。私は診断カードと持ち帰り用の薬を受け取り、ありがとうございましたと頭を下げた。すると、途中にあった「ちょきちょき」を思いだし、ふいに可笑しさがぶり返してくる。

 

娘の医療セットには、ハサミが入っている。おそらくはガーゼを切ったりとか、そのようなシーンで使われることを想定して、このセットに入れられているのだろう。

 

しかし娘は医療の現場で、ハサミをどのように使えばいいのかを理解していない。それゆえに、今回のように道具を順番に取り出して使う場面などにおいては、娘はハサミを使って、前髪を切ってくれるのだった。

 

切羽詰まった救急医療の現場。患者の私も、医者である娘も、その役に入りきり懸命に演技をする。そうやってそのシーンの緊張感を作り上げていくのだ。

 

そんな中、突如挟まれる場違いな「散髪シーン」。思わず吹き出してしまうほどに、可笑しくて堪らないのだ。

 

他の医療セットのオモチャにも、ハサミが入っていた気がする。はたして他の子達は上手に使えているのかな?