いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

ゆったりと誕生日会

息子一歳の誕生日会を家族でした。

 

部屋を飾っての写真撮影。凝ったご馳走に手作りケーキ。プレゼントを開封し、餅踏みに選び取り。

 

あいだに昼寝休憩を挟みながら、ゆったりと一日をかけてお祝いをした。娘もお利口に弟をサポートしてくれて、主役である息子も終始楽しそうだった。

 

娘のときは実家のじじばばも招いたのだが、こんなご時世なら仕方がない。そもそも私の実家の方でいえば、まだ実際の息子に会ったことさえないのだ。

 

息子はコロナ以前の世界を知らない。私にしてもあまりに遠い記憶に感じて、いまいち実感をもって思い出せない。はたしてまた元の世界に戻るのだろうか。はっきりいって収束するイメージが湧かない。

 

タフな時代に生まれた子供たちは、必然的にタフになることが求められるのだろうか。息子たちの無邪気な笑顔をみていると、それが不遇の時代によってかき消されやしないかと一抹の不安を覚える。

 

本人たちが自身の生まれた時代を嘆くようなことにはなってほしくないな。彼らの出生のタイミングを決めた親としては、そのことを祈るばかりだ。

 

とはいえ現在子供たちはふたりとも明るく健やかに育っている。私たちは彼らの個性を尊重しながら、たっぷりの愛情を注ぎ一緒に生きていくだけだ。

 

幸せな誕生日会をおくりながら、改めてそんなことを考えていた。息子が加わってからの一年はさらに楽しい家族になれた。ありがとう。おめでとう。