いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

国宝

吉田修一の『国宝』を読了した。
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文庫化されるのを長らく待ち焦がれていた作品だ。賞も複数受賞し、作者の新たな代表作として称賛する声も多かった。

 

読んでみると確かに面白く、主人公の生涯を通じて歌舞伎という奇特な世界に触れることができた。ただ、新境地であることは確かなのだが、『悪人』や『怒り』『横道世之介』といった過去の名作たちに比肩するかと問われれば、私にとってはそこまでではなかった、というのが本音である。

 

吉田修一の魅力は、その受賞歴からもわかるとおり、純文学と大衆文学、双方の味わいを具えている点にあると私は思っている。だからこそ広い読者に読まれており、映像化も多くされている。

 

ただここ最近の作品たちでみると、そのバランスは大衆文学の方へと傾いているようだ。以前と比べ、表現のひとつひとつに感銘を受けるということがなくなった。物語を読ませる上では不足のない文章なのだが、いまひとつ物足りなさを感じてしまう。

 

とはいえ、本作も最後まで楽しく読むことができた。地の文には語り物のような文体が使われており、それが歌舞伎を扱う物語ともうまくマッチしており、品格溢れる独特な雰囲気を醸し出していた。

 

その編み出された地の文を本作の美点に挙げる人も少なくないだろう。それがそのままナレーションになり、映像作品にされるイメージがすぐにでも想像できるのであった。

 

ただ一ファンとしての希望を申せば、次は映像映えしそうな壮大な物語ではなく、こじんまりとしたテーマで人間の深淵を描くような作品も読んでみたい。人気作家となった今ではそれも難しいのかもしれないが、首をながあくして心待ちしておきたい。