いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

影裏

沼田真佑の『影裏』を読了した。
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数年前に芥川賞をとった作品だ。文庫化されたときから、そのタイトルと装丁に妙に気を惹かれていた。ここのところ海外の古典文学ばかりを読んでいたので、久しぶりに最近の日本文学が読みたくなり、このたび遂に本書を手に取る運びとなった。

 

事前に評判を調べてから読んだが、期待以上の作品であった。表題作は読了後すぐに読み返し、その描かれている世界を改めてじっくりと堪能し直した。

 

往年の文豪たちを彷彿とさせる風格のある文体が読んでいて心地よかった。芥川賞作品はこうでなくちゃと嬉しい気持ちを抱く。近年では端的で読みやすい文体を携えた受賞作も増えたが、本作のような古き良き時代のフレイバーを醸す文章も、たまに無性に読みたくなるのであった。

 

この作品は、気を抜いて読んでいると物語本来のテーマに気付きづらい。なにかしらの違和感は感じられるものの、特に大きなひっかかりもなく、物語をさらりと最後まで読み終えてしまえるのだ。

 

この物語の深層までを味わうためには、読者側が積極的に行間を読みに行く必要がある。そのためのヒントは物語のいたるところに効果的に配置されてある。それをコツコツと拾い集めながら、自分の中で『物語の眺め方』を定めていく必要があるのだ。

 

このように『委ねられた読み方』ができるところも文学作品のよいところだ。この作品を読んでいて、改めてそのことを実感することができた。

 

読み終えた後に、様々な読者の考察を読むのも面白かった。本作は映画化もされているので、いつか監督の解釈も確認してみたいと思っている。

 

東日本大震災LGBTなど、まさに賞をとる作品にありがちなワードがでてはくるが、狙って書いたとするには、あまりに自然と物語に溶け込んでおり、とってつけたかのような印象は皆無だった。完成度の高さを感じられる素晴らしい作品であった。

 

また本書には、表題作以外にも2篇の短篇が収録されている。どちらも表題作同様に読み応えがあり、新人ながらにとても実力のある書き手だなと感じた。まだ他の作品は出版されていないようだが、著者の作品は今後もチェックしていきたいと思う。