いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

こちらあみ子

今村夏子のデビュー作『こちらあみ子』を読了した。

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先日芥川賞を受賞し、話題となっている作家だ。連日のようにネット記事が目に入り、読んでいるうちにとても興味を惹かれてしまった。


処女作品で太宰治賞。それを含めた3篇を単行本化して三島由紀夫賞。2作品目で芥川賞の候補となり、河合隼雄物語賞。3作目でふたたび芥川賞の候補となり、野間文芸新人賞。そして第4作目で芥川賞を受賞したのだ。

 

なんて凄い受賞歴だろう。出した作品がすべて賞をとっている。さすがにここまで称賛されていると、どのような作家なのかと読んでみたくなった。さっそく第一作である本作品を取り寄せ読んでみた。

 

なるほど。読み始めてすぐに物語に引き込まれていくのを感じた。少し前に読んだ、村田沙耶香の『コンビニ人間』と似たような雰囲気を感じられた。

 

読みやすいシンプルな文章ながら、どこか不穏な空気を醸し出す。読者はおどろおどろしい気持ちを抱きながら、ページを捲る手を止められなくなる。

 

いいな、と思ったのは物語の閉じ方だ。この本には短い話が3篇収録されていたが、どれも日常のなにげないシーンからはじまり、なにげないシーンで終わる。ストーリーには緩やかな起伏があるものの、そこに主題を置いていない。大きな展開や落ちなんてものも存在しない。

 

それなのに、読者を最後のページまで確実に誘い、読ませきってしまう。まさに文章の力だ。誰しもがそれを目指していながら、誰しもが実現できるものではない。すごい才能だ。高い評価も頷ける。

 

なかでも表題作の『こちらあみ子』はやはりインパクトがあった。いわゆる“発達障害”という部類なのだろう女の子が主人公の物語だ。彼女の無垢な視点から、淡々と物語が語られていくのだが、エキセントリックな言動と、周囲からの冷酷な反応に、読みながら心をきゅっとつままれているような気持ちにさせられる。

 

文章は三人称で書かれているのだが、主人公あみ子に寄り添った視点で描かれており、その視座のあいまいさが宙にぶらんと浮かんでいるようで、より物語の不穏な空気を引き立てているように思えた。

 

この物語は読む人によって、そしてそのときの心境で、受け取るメッセージが異なるだろう。ときには勇気をもらい、ときには癒やされ、ときに世の中を嘆き、ときに幸せな気持ちを抱く。不思議な物語だ。力をもった作品というのは、こういったものを言うのだろう。

 

よい作品を読ませてもらった。やはり名高い賞をもらう作家は、それなりにハズレがいないので、新しい作家に巡り会う手段としては重宝する。この作家の他の作品についても、いずれ手に取りまた読んでみようと思う。