いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

詰め将棋

「王将」は確実に追い込まれていた。

 

敵の陣地へと入った「飛車」は「龍」と成り、その進撃はもはや誰の手にも負えないものとなっていた。

 

これは将棋盤上ではなく、昨夜の布団上における話だ。

 

「王将」は私。「龍」は娘だ。和室に二つ並べた布団の上で、私たちの戦況は前述のとおりだった。

 

*****

 

深夜、娘の方から攻勢を仕掛けてきた。

 

寝ぼけた娘は「飛車」のような寝相の悪さを発揮し、自分の布団から私の布団へと、ぐるぐると回りながら進撃を仕掛けてきた。

 

不意を突かれた私は、とりあえず自陣内で後退するのがやっとだった。進撃前まで眠っていたことを考慮すると、その対処ができただけでも褒められてしかるべきであろう。

 

気がつけば護衛の駒も見当たらない。私を守るべき「金」(ミニオンのぬいぐるみ)は、いつのまにか足下に転がっていた。

 

私が指されたらその時点で詰みだ。他の駒が存在しない盤の上で、私はひたすらに逃げ回るしかなかった。

 

そんな無防備な私に対しても、無慈悲な娘は一向に手を緩めようとはしてくれない。勢いそのままに、私の陣地へと侵入してきた。

 

彼女は私の布団内に入ると「龍」に成った。これで縦と横への圧倒的な進行力に加え、斜めの繊細な動きまでをも手に入れた。縦横無尽とはこのことである。

 

娘は器用に身体を反転させながら、着実に私の方へと進撃を続けた。相変わらず目はつむったままだ。見ないで打ってこの正確さ。まったく、末恐ろしい。

 

もはや私に逃げ場はなかった。私は布団の端へと追い込まれていた。既に身体は半分、布団からはみ出してしまっている。

 

「・・・参りました。」

 

私は心の中で投了した。娘はそんなことはつゆ知らず、相変わらず静かな寝息を立てている。

 

その後、私は布団から立ち上がり、娘がかつて寝ていた布団へと枕を移した。今日はこっちの布団が私の寝床か・・・。

 

*****

 

寝る前にアメトーーク!の「将棋たのしい芸人」を見たからだろう、昨夜における布団上での娘との攻防が、私の目にはそのように映った。

 

娘七段の、連勝記録は続く。