いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

青春時代に想いを馳せる

スマホの容量が家族写真でいっぱいになった。

 

ゆえに昨日はパソコンへのデータ移行を実施した。端末認識が不安定で少し難航したが、10ギガほどの容量を空けることに成功した。これでしばらくは安泰だろう。

 

パソコンを取り出したついでに、ふと思い付きで、学生時代に使っていた外付けハードディスクを繋げてみた。ここ最近ではずっとベッド下にしまってあったものだ。

 

正常に起動するか不安だったが、すぐにデータの読み込みができた。大学院時代に書いた論文やレポート、その当時に書き殴っていたいくつかの文章なども見つかり、幾らかくすぐったい気持ちにもさせられた。

 

その他にもたくさんの写真がでてきた。軽音サークルで行った旅行や、学部仲間と巡った青春18切符の旅、はたまたひとりぶらり旅の写真までがでてきて、とても懐かしい気持ちにさせられた。

 

また軽音でのライブ映像や音源も発掘された。私は時間も忘れてそれらをひとつひとつ聴き返していた。へたくそなコーラスには身悶えし、うまくいったギターソロには自尊心をくすぐられた。卒業ライブで流した涙には、当時が蘇り、思わずうるうるとさせられてしまった。

 

自身の演奏だけでなく、当時サークル仲間たちが結成していたオリジナルバンドの音源もすべて聴きかえした。一応は本気でプロを目指していた彼ら。私はよく応援でチケットを買い、ライブにも足を運んだものだった。

 

デモCDも買って、当時はよく聴いていたものだから、今聴き返すとあの頃の思い出がどんどんと蘇ってきた。

 

当時の私は、今この瞬間が今しか味わえないものだということを、しっかりと理解できていたのだろうか。そんなことをつい考えてしまった。きっと知ってはいたはずだが、本当の意味では、わかっていなかった気がする。

 

そんなふうに、懐かしい青春時代に思いを馳せながら、昨夜はひとりセンチメンタルな時間を過ごしていた。

 

そして今この瞬間も、きっと10年後に振り返ると、また思うのだろう。お前はこの瞬間の大切さを、しっかりと理解していたのか、と。わかっている、と今は思っているのだが、きっと本当はわかっていないのだろう。

 

仕事も働き盛りで将来に向けた希望もあり、愛する妻や娘に囲まれて日々幸せに暮らせている。心身も健康で、やる気も漲っている。こんな今も充分にキラキラとしているのだ。大切に過ごさなければ。改めてそう思った。