いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

ある男

平野啓一郎の『ある男』を読了した。

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平野の作品を読むのはこれで2冊目だ。本作には長らく興味があり、文庫化を機に読んでみた。

 

読み始めてすぐに、安心して身を委ねられる文章だなと感じた。現代作家の中でもその文章力には定評がある。その安定感をまずは感じることができた。

 

とはいえ、読み進めていくうちに一抹の物足りなさを感じ始めた。思えば前作の『マチネの終わりに』を読んだ時にも似たような感想を抱いた気がする。

 

文句なしに文章は巧いし、表現にも華がある。ただあまりに隙がなく、優等生すぎる書き方なために、言うなれば、少々の面白みに欠けているように思えてしまったのだ。この筆者だけが持ちうる、個性というものをなかなか掴ませてもらえない。

 

まだ2冊しか読んでいないのだが、私が彼という作家に夢中になりきれないのは、正直に言うとそういった理由だろう。文章力が高いゆえに、どうしてもオリジナルなプラスワンを求めてしまうのだった。

 

とまあ、そのような個人的な好みはひとまず置いておくとして、作品について公平な目線で語るとすれば、物語自体は面白かった。リーダビリティに富んだ作品で、最後まで飽きることなく読み通せた。

 

導入からそそられ続けた期待値のわりには、結末としてはいささかありきたりな落とし所だなと感じてしまったのだが、映画化されるのも頷けるほどに、ストーリーとしては面白みを纏っていた。

 

今のところ、次回作を心待ちにするほどには、まだ彼の作品に陶酔できてはいないのだが、また新たな作品が文庫化されたら、手にとり読むことだろう。

 

あと何冊か読めば、私にも彼の個性や特筆すべき良さがわかるようになるのかもしれない。とりあえず2冊の共通項は静謐でアクのない文体と、男女間における心の機微の描き方。引き続き魅力を探ろう。